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Karte.1 自己愛の可不可-水鏡

自己愛の可不可-水鏡 15

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 同じ肢体の上に重なり合い、その指先で、一筋の唇を、そっと撫でる。
 指先を見つめるようにして口に含み、また何かを思い出したように口を開く。
「……ねェ、先生の指、冬樹に少し似てた。煙草の匂いがして……。長くてきれいに整った指先で……」
「――」
「ちょっとした仕草や、笑い方も――」
「珠樹っ!」
 強ばる指が、愛撫をやめた。
 たった今まで唇に含んでいた長い指が、珠樹の髪をきつく掴む。
「――っ! 痛いっ」
 乱暴な扱いに、珠樹は戸惑いながら、苦鳴を零した。
 だが、冬樹の指は緩むことなく、珠樹の髪をつかんでいる。
「やめ――っ。冬樹!」
「あの医者の話はやめろ」
 きつい視線が突き刺さった。
「ぼくは冬樹に似てるって言っただけで……っ。冬樹だって先生の本を――」
「似てるだと? どこが似ているというんだ? この指が似てる? 笑い方が似てる? ――俺はトップ・モデルだぞ。それがたかだか医者と似てる? ――ハッ! 冗談じゃない」
「……」
「おまえの指を見てみろよ、珠樹……。きれいな指先だ。爪の形も、その色も、何もかも完璧に整っている……。これは、俺たちだけのものだ……」
 冬樹の唇が、珠樹の指を、そっと含む。
「……冬樹はきれいだよ。とても。でも、先生も……。ドクターって、皆、あんなきれいな指をしてるのかな、って思っただけで」
 冬樹の舌に溶ける指を見つめながら、珠樹は困ったように眉を落とした。
 ただ、自らの半身に、春名のことを理解してもらいたかっただけなのだ。そして、病院にいる間、自分が決して嫌な思いをしていなかったことを、解ってもらいたかっただけだった。
 だが――。
「……。おまえの目の前にいるのは誰だ?」
「……冬樹?」
「お喋りはやめろと言ったはずだ」
「ぼくは……」
「あの医者に何を吹き込まれた?」
 冬樹の手が、珠樹の肢体を、上からがっしりと押さえ付ける。
「何を――! やめ……っ」
「あの医者に何をされた?」
「何もされてなんか――」
 言葉の途中で、猛り狂うような官能が、容赦なく体に突き立った。
「あぅ……っ!」
 強引で、自我エゴに満ちた激しい愛が、自らを傷つけるように深く貫く。痛みをも同時にもたらすそのエゴは、還る場所である珠樹の中に、全てを満たした。
「あの医者は俺の半身に何を吹き込んだ?」
「やめ――っ。く……っ。いつもはこんな強引なやり方しないじゃないか!」
「いつもと違うのはおまえだ、珠樹」
「どうして――。あっ、う……」
 腰が動く度に、還元の響きが、全身に伝わる。
「愛してる、珠樹……。俺たちは一つだ。他人に俺たちのことが解るものか……」
「くぅ……っ。冬……樹……!」
「そうだろ、珠樹? おまえが気掛かりなら、俺がちゃんと病院に連絡をしてやる……。心配しなくてもいい。もう、おまえをあんな病院へなんか入れさせはしない……。誰にも連れて行かせない……」
「あっ……。う……」
「愛してる、珠樹……」



 ――俺たちは、一つだ……。



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