上 下
10 / 350
Karte.1 自己愛の可不可-水鏡

自己愛の可不可-水鏡 9

しおりを挟む

「何故、誰にも話さずに?」
 春名は訊いた。
「冬樹以外、誰もいなかったから……」
「友達は?」
「友達は他人で、ぼくたちとは関係ありませんから」
 それを言うなら、春名も他人である。
「ぼくに話したのは?」
「クス。先生が訊いたからでしょう?」
 春名の問いを読んでいたように、珠樹は愉しげに笑って、そう言った。
「今までそんなこと誰も訊かなかった」
 それは、確かにその通りだろう。母親でさえ、当人たちには訊けずにいたのだ。
「なるほど……。君は冷静で頭がいい。俺の負けだ」
 春名は苦笑を零して、天を仰いだ。
「……ぼくたちは異常ですか、先生?」
 正常か、異常か。
「まだ君たちを知らない」
 そもそも、そんなものは、いつも誰もの隣にある。誰もがどこかの一部分で、その境界を超えていることなど珍しくもない。
「冬樹くんに頼らず、自分の力で暮らしてみたい、と思ったことは?」
「うちは……お金だけはありますから、働く必要もなくて……。だから、冬樹とぼくとで一つの仕事を……」
「冬樹くんと君? 君もモデルを?」
 珠樹の言葉に、春名は少し眉を寄せた。
 笙子からも母親からも、そんな話は聞いていなかったのだ。二人とも、冬樹だけが働いている、と言っていた。
 その春名の戸惑いに、また、愉しげな笑みが零れ落ちた。
「誰もぼくたちの見分けがつかないんです。だから、冬樹と二人で交替で仕事をしていることも誰も知らない。今は先生だけしか」
 と、得意げな顔で、舞台裏を明かす。
 誰も気が付かないから交替で……。彼――珠樹が冬樹の仕事場へ付いて行くのは、そのためでもあったのだ。二人で一つの仕事をするために。
「なるほど……。だが、そのやり方では冬樹くんの名前しか出ないだろう? 君の存在を皆に認めてもらいたいとは思わないのかい?」
 春名は訊いた。
「クス。どっちの名前でも同じです。誰にも区別できないんですから。ぼくは冬樹になるし、冬樹はぼくになるし」
 兄は弟に、弟は兄に……。その言葉が、モデルの仕事の時だけに限られているのなら、問題はない。
 だが、それが精神世界まで持ち込まれているのだとすれば、それはもう彼らの母親が案じているような『同性愛』の域を越えてしまっている。『自己愛的人格障害者ナルシスティック・パーソナリティ』だ。
「……。一人で何でもやってみたいと思ったことは?」
 春名は訊いた。
「そんな必要ありませんから……」
「両親も必要ない?」
「はい……。小さい頃からそんなもの、いないのと同じでしたから」
「……」
「ぼくたちは、ぼくたちだけでやって来たんです」
「一人ではやって行けない?」
「先生は一人で生きられますか?」
「――」
 珠樹の問いに、春名は不意を突かれて、言葉に詰まった。
「そんな質問、応えられる人はいないと思います」
 珠樹は強かな眼差しで、言葉を続けた。
 確かに、彼のその言葉は正当なものであっただろう。そして、彼の言いたいことも、よく解る。
 だが、春名の質問の意味とは少し、食い違っている。春名は何も、一人で生きろ、と言った訳ではないのだ。一人の人間として生きることは出来ないのか、と訊いたに過ぎない。
 それでも、春名は、その問いかけの意味を訂正せずに、珠樹の言葉に甘んじた。
「あまり医者に恥をかかせないでくれ」
 と、頬を緩める。と、珠樹は慌てた様子で、
「そんなつもりじゃ――っ」
 と、身を乗り出して、訴えた。
「クックッ」
 部屋の空気が、柔らかくなった。


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...