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Karte.1 自己愛の可不可-水鏡

自己愛の可不可-水鏡 4

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「ご存じかとは思いますが、向こうは性解放されたお国柄です。ニューヨークなどでは、男と男、女と女のカップルにも婚姻関係並の権利を認めていますし――。英国でも、自由な愛を犯罪とするべきではない、と、同性愛の承諾年齢を引き下げ、息子さんは既に二十歳を過ぎた大人で――。もし、息子さんが同性愛者であっても、本人自身の問題で、悪いことだとは思いませんが」
「ですが――。先生は、ずっとUSAあちらにいらしたとか?」
「ええ」
「それならそういうことにずっとお詳しいでしょう?」
 沢向夫人は、異国の文化の是非を問うように、早口に春名へと詰め寄った。
 今のUSA文化は完全に性解放され、ナルシストの存在が問題となっている。自己だけを――或いは、自己に似た者、同性を愛する者たちである。
「見てはいますが――。兄弟仲がいいというだけで同性愛者とは……。それらしいことをご覧になったのなら、話してもらえませんか?」
 それが核心の部分なのだ。
 口を開くまでに、十数秒。
「……。大学を卒業して、息子たちは今、日本で暮らしています。ご存じでしょう?」
「ええ」
「向こうでは、人種主義レイシズムやジャパン・バッシングで、中々……」
「入植順に立場がいいですからね」
 彼らがどれほど優れていても、アメリカでの市民権を手にしようとも、アメリカ人と同等には扱われない。白人ならすぐにアメリカ人と呼ばれるだろうが、日本人は日本人のままなのだ。
「ええ。それで二人が日本で暮らすようになって――。私も主人も地方や海外へ出ることが多いので、中々様子を見に行くことが出来ずにいたんです……」
「存じていますよ。ご主人は高名な写真家で、奥様も学院をお持ちのフラワー・アーチストでいらっしゃる。――で、息子さん方の様子は如何でした?」
 さすがに、もう言い訳はうんざりである。
「……あいにく留守で、管理人さんに鍵を開けていただいて部屋に入ったんです」
 留守、というよりも、その留守ときを狙って行った、という方が正解だろう。
 春名は黙って、その話を聞いていた。
「息子たちが戻るまでの間、部屋を見て回っていたのですが……。寝室は一つで、キング・サイズの大きなベッドが一つだけあって……。小さい頃は一緒に寝ていました。私たちが留守にすることが多かったので、寂しかったのでしょう。朝起こしに行くと、一つのベッドは空で、もう一つに一緒に眠っているということがよくありました。――ですが、今もそんな……」
「その時は息子さんにお会いになりましたか?」
「いえ……」
「最近はいつ?」
「つい、この間です。家族四人で食事をしようということで……」
「実際には食事は出来なかった?」
 やっと核心らしき部分に触れてきた。
「……。兄の冬樹が遅れて来たんです。私がちょっとしたことで弟の珠樹を叱って――」
「どんなことで、ですか?」
「珠樹――弟が食事のメニューを決めないので……。そんなことくらいで、とおっしゃるかも知れませんが、いつもあの子は冬樹に任せてばかりで――。冬樹と同じものを。冬樹がそれにするなら自分もそれでいい。冬樹が行くなら自分も行く。そんな調子ですから、私もつい、苛々して……。そこに冬樹がやって来て、珠樹を叱りつける私をもの凄い目付きで睨みつけて、そのまま珠樹を連れて店を出てしまったんです。――冬樹は小さい頃から弟を溺愛していて……。私に触れさせることも嫌がるくらいで。私が珠樹を叱り付けようものなら、ゾッとするような目付きで私を睨んで……」
 沢向夫人は兄の異常さを見るように、肩を縮めた。その表情は、脅えている、とも受け取れる。
「ご家庭に何か問題は?」
 春名は訊いた。
 その言葉に対しての、沢向夫人の反応は早かった。
「私に問題があるとおっしゃるんですか?」
 と、きつい視線を持ち上げる。
「ご家族の問題だと申し上げたんですよ」
「……」
「まあ、お忙しいことは承知していますが」
 春名は皮肉を付け足した。
 だが、それが夫人に通じたかどうかは、判らない。
 沢向夫人は頑なな面持ちで、キュ、っと唇を結んでいる。


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