可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.1 自己愛の可不可-水鏡

自己愛の可不可-水鏡 3

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 沢向夫人は、まだ少しためらっている様子だったが、それでも諦めたように口を開いた。
「こんなこと、どうお話ししていいのか……」
「何故、息子さんを同性愛者だと?」
 言い出しにくそうにする夫人に、春名は、その発端になる出来事から、問いかけた。
「……あの子たちは小さい頃から仲が良くて――。と言っても、弟の珠樹が、いつも兄の冬樹を頼っている、という具合で――。いえ、兄の方が弟を可愛がり過ぎる、といった方がいいかも知れません。とにかく、何をするにも一緒で、周りを寄せ付けないんです」
「今でも、ですか?」
「ええ。――中学の頃に、二人でアメリカにホーム・ステイをして、それから大学も二人であちらの大学に……」
 声は徐々に小さくなった。
「向学心で、ですか? それとも、今おっしゃったように、あなた方ご両親から離れるために?」
「多分、私たちから離れるためですわ」
「何故?」
「は? あの……?」
 そんなことを訊かれるとは思っていなかったのか、或いは、それは患者である息子が訊かれるべきことである、と思っていたのか、沢向夫人は、春名の言わんとするところを理解出来ないように、首を傾げた。
「何故、二人はあなた方ご両親から離れたいと?」
 春名は、同じ質問を繰り返した。
「――。私たちのことが関係ありますの?」
「お伺いしてみないことには判りませんが」
「……」
「二人を引き離そうとなさった? もしくは、息子さんがそういう風に感じ取った。――それとも、他に息子さんに嫌われる理由が?」
 その言葉に、沢向夫人の表情が見る見る変わった。
「あなた、失礼な方ですわね。こんな方だとは思いませんでしたわ。霧谷先生は、とても立派な先生だとおっしゃっていたのに」
 と、真っ赤になって席を立つ。まるで、生涯消えない屈辱を受けたかのような顔である。
 目に見えない疾患――特に精神に疾患を持つ患者の家族は、そうであることが多い。病気がどこにあるのかを理解していない。
 春名は、その夫人の言動を冷ややかに見据え、
「どんな医者が立派です? 患者の症状も訊かずに入院させる医者ですか? ――当事者すら連れて来ないあなたは、立派な良識のある人間だとでも?」
 沢向夫人の唇が、キュ、っと歪んだ。
「私は医者ですよ、沢向さん。にも拘わらず、患者や家族の方は、弱みを握られるかのように思って医者を嫌う。病気の時以外、医者なんて必要ありませんからね。そして、嫌われても治療をするのが私の仕事です。――どうぞお掛けください」
 春名は、立ち上がっても、立ち去ろうとしない夫人に、席をすすめた。
 そう。彼女は帰るために立ち上がったのではなく、自分が怒っていることを相手に伝え、我を通すために立ち上がったのだ。その証拠に、我が通らないと解ると、強ばったままの表情で、腰を下ろした。
「大学時代に息子さんにお会いになりましたか?」
 このまま話が続けばいいのだが。
「……いいえ。一度会いには行きましたが、会わずに帰りました」
 声は、さっきよりも震えていた。
 怒りのままに立ち去ることも出来ないほどに、彼女は心底悩んでいるのだ。これは本当に入院が必要な状態なのかもしれない。別に、美人セラピストの――いや、二度も美人と付け加えることはない――霧谷笙子の紹介内容を疑う訳ではないが、やはり、当人が来ていない以上、慎重にならざるを得ない。
「わざわざアメリカまで行って、会わずに?」
 取り敢えず、話を進めよう。
「……仕事で行きましたので」
「そうですか。――その時、何をご覧になりました?」
「……。息子たちのコンドミニアムに行く途中、本屋で……何て言うんですか、男性のヌード・グラビアのついた同性愛誌を当たり前に眺めて買って行く少年を見て……」
「それは息子さんですか?」
「いいえ――っ。ですが……。背中が薄ら寒くなって――。十五、六歳の少年が平気な顔をして、ですよ。それを見たら……。とても息子たちに会いに行けませんでした」
 沢向夫人は言葉を並べながら、固く爪を握り締めた。
 男と女が愛し合うことが正常な世界である、という常識しか持たない人間には、当然の心理であっただろう。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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