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Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 58
しおりを挟む「そうですね……」
イサクは言った。
「オレたちはこの村で静かに暮らして、またいつの間にか、今度はこの村に閉じ込められて、支配されて、誰かに開放されて……そんな歴史が繰り返されて行くのかも知れません」
「――」
イサクの言葉に、沼尾は刹那、ハッとした。
彼ら里の人々は、そうして森に閉じ込められたのだ。里で静かに暮らしている間に、森の外側に山査子の木を植えられ、森から一歩も出られなくされた。そして、今度はこの村が、彼らを閉じ込める籠になるかも知れない、と……。
そして、彼らがこの村で静かに暮らしていると、また幾星霜の間に閉じ込めた側が彼らを支配している奢りを持ち、彼らの生活を奪おうとする……。
そんなことを繰り返していけば、いずれはこの国の全てが、彼らのものに……。
「それが君たちの望みなのか?」
「望み? 言ったでしょう、沼尾さん。オレたちは静かに暮らしていただけです。いつだってオレたちを支配して来たのは人間だった。――オレたちは、誰を支配する必要もない、この世で最も強い力と生命を持つ種族なんですから……」
――誰を支配する必要もない、この世で最も強い力と生命を持つ種族……。
それは事実なのだろう。彼らがその気になれば、人間など容易く支配できる。それだけの力を持っているのだ。
だが、彼らの望みはそんなことではない。
いつも彼らを追い詰めて、彼らの力に屈するのは、愚かな人間たちの方……。
「人を集めて、この村の周りに山査子の木を植えても構いませんよ、沼尾さん」
笑いながら、イサクは言った。
沼尾には、返す言葉が何もなかった。
ただ、自分がそうしないであろうことは、解っていた。
「――また、会いに来てもいいかな?」
民俗学者として、彼らを研究対象にしたかったわけではない。彼らのことを調べ、彼らを世間に晒そうとしても、彼らはそれを許さないだろう。
イサク自身が言ったように、彼らは『ただ静かに暮らしていたい』だけなのだから。
そんなことをしようとすれば、また、あの狼を目にすることになるに違いない。
そして、彼らが静かに暮らしていても、周りの人間たちはきっと、彼らをそっとしておかないに決まっている。
いつかまた、今回のようなことが起こってしまうことになるのだ。
「銀の弾や、心臓に刺すための杭を持って来ても構いませんよ。もっとも昼間なら、普通の人間と同じもので殺せますけど」
「夜になったら生き返るのか?」
その問いに、イサクは笑っただけだった。
これから何度も魘され、夢からたたき起こされることになるであろう、静かな笑み――。
――もう、ここへ来てはいけない。
彼らに慣れるということは、彼らへの恐れに慣れる、ということだ。
彼らが大人しく暮らしているからといって、それは、彼らの力が無くなったわけではない。
いつまでも彼らを恐れ続けなければ、人間はまた過ちを犯してしまう。
彼らの静かな暮らしの邪魔をしないように……。
「卒業後は何になりたいのかしら? 頑張れば、大学に進学することも出来るのよ」
児童施設の指導員の言葉に、
「学校を卒業したら、村に帰るの。サクちゃんが、それまでには住みやすい村にしておくからって――。約束したから!」
満面の笑みで、小春は言った。
――サクちゃんと、約束したから……。
了
1
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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あ、資産家の息子は間男でなくてもクズです(爆)!
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