可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

文字の大きさ
上 下
350 / 350
Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 58

しおりを挟む



「そうですね……」
 イサクは言った。
「オレたちはこの村で静かに暮らして、またいつの間にか、今度はこの村に閉じ込められて、支配されて、誰かに開放されて……そんな歴史が繰り返されて行くのかも知れません」
「――」
 イサクの言葉に、沼尾は刹那、ハッとした。
 彼ら里の人々は、そうして森に閉じ込められたのだ。里で静かに暮らしている間に、森の外側に山査子の木を植えられ、森から一歩も出られなくされた。そして、今度はこの村が、彼らを閉じ込める籠になるかも知れない、と……。
 そして、彼らがこの村で静かに暮らしていると、また幾星霜の間に閉じ込めた側が彼らを支配している奢りを持ち、彼らの生活を奪おうとする……。
 そんなことを繰り返していけば、いずれはこの国の全てが、彼らのものに……。
「それが君たちの望みなのか?」
「望み? 言ったでしょう、沼尾さん。オレたちは静かに暮らしていただけです。いつだってオレたちを支配して来たのは人間だった。――オレたちは、誰を支配する必要もない、この世で最も強い力と生命を持つ種族なんですから……」
 ――誰を支配する必要もない、この世で最も強い力と生命を持つ種族……。
 それは事実なのだろう。彼らがその気になれば、人間など容易く支配できる。それだけの力を持っているのだ。
 だが、彼らの望みはそんなことではない。
 いつも彼らを追い詰めて、彼らの力に屈するのは、愚かな人間たちの方……。
「人を集めて、この村の周りに山査子の木を植えても構いませんよ、沼尾さん」
 笑いながら、イサクは言った。
 沼尾には、返す言葉が何もなかった。
 ただ、自分がそうしないであろうことは、解っていた。
「――また、会いに来てもいいかな?」
 民俗学者として、彼らを研究対象にしたかったわけではない。彼らのことを調べ、彼らを世間に晒そうとしても、彼らはそれを許さないだろう。
 イサク自身が言ったように、彼らは『ただ静かに暮らしていたい』だけなのだから。
 そんなことをしようとすれば、また、あの狼を目にすることになるに違いない。
 そして、彼らが静かに暮らしていても、周りの人間たちはきっと、彼らをそっとしておかないに決まっている。
 いつかまた、今回のようなことが起こってしまうことになるのだ。
「銀の弾や、心臓に刺すための杭を持って来ても構いませんよ。もっとも昼間なら、普通の人間と同じもので殺せますけど」
「夜になったら生き返るのか?」
 その問いに、イサクは笑っただけだった。
 これから何度も魘され、夢からたたき起こされることになるであろう、静かな笑み――。
 ――もう、ここへ来てはいけない。
 彼らに慣れるということは、彼らへの恐れに慣れる、ということだ。
 彼らが大人しく暮らしているからといって、それは、彼らの力が無くなったわけではない。
 いつまでも彼らを恐れ続けなければ、人間はまた過ちを犯してしまう。
 彼らの静かな暮らしの邪魔をしないように……。




「卒業後は何になりたいのかしら? 頑張れば、大学に進学することも出来るのよ」
 児童施設の指導員の言葉に、
「学校を卒業したら、村に帰るの。サクちゃんが、それまでには住みやすい村にしておくからって――。約束したから!」
 満面の笑みで、小春は言った。
 ――サクちゃんと、約束したから……。





                       了










しおりを挟む
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(11件)

みやこ嬢
2024.06.12 みやこ嬢

性同一性障害の可不可 まで読了!

春名先生の患者である梨花ちゃんの問題だけでなく、圭吾さんの病気まで絡む話になるとは…!

性転換手術って生半可な覚悟では挑めないですよね、普通の手術だってこわいのに生殖器に関わる部分だもの
だからこそ悩みを打ち明けられる良い場所だったのに、まさかそこが闇ブローカーみたいな存在が利用されているなんて
圭吾さん自身は本当の裏まで知らなかったということだけが少し救いだけど、既に何人かが犠牲になっていたわけで…
現実世界でこんな事件が起きませんようにと願うばかりです

今回は笙子先生の人脈がものすごく役に立ちましたね〜!日々マダムたちのお相手を頑張って信頼を得ていたからこそ快く協力していただけたんですもんね

また続きを読ませていただきます(^O^)/

2024.06.13 竹比古

みやこ嬢さん、今回もありがとうございます!

手術よりも耐えられないものが、心の性とは違う自分の体とは言え、その先のことを考えると確かに怖いですよねぇ。思った通りの体になるとは限らなかったりしますから……。

誰もが思い通りの人生を生きている訳ではない――それは判っていても誰もが夢を見るのが現実。
そして、その夢につけ込む闇もあって……。
宝石と同じように高い値のつく臓器売買は、貧困ビジネスとして身近なものになっているようで……。

圭吾さんのことにも触れていただき、ありがとうございます!
彼の病気もいずれ完治できる世の中になることを祈っています。

笙子先生(笑)、良いとこ取りになってしまいました(爆)!

今回もありがとうございました!


解除
みやこ嬢
2024.04.29 みやこ嬢

天才児の可不可、読了しました!

春名先生と仁くんの出会いの話ですね
仁くんのお母さんの件はほんとに…
不思議な能力のせいで気味が悪いと思われていると知った時から捨てられるのでは、と心の奥底で疑っていたからこそ母親が失踪した時に「捨てられた」と思い込んだんでしょう
実際は、ただ不幸な事件に巻き込まれていただけだったなんて泣

春名先生の生活能力の無さ、このエピソードだけを読むと「わざと頼りない大人を演じて仁くんに役割を与えているのかな」と思うんですが、ガチでこうですもんね
仁くんと同居して救われたのは春名先生のほうかもしれない…
( ˘ω˘ )

また続きを読ませていただきます!

2024.04.30 竹比古

みやこ嬢さん

スマホで感想の通知を受け取ってから、今日PCを開いて「あれ? 感想ページって何処から入るんだっけ?」と解らなくなるくらいサイトを離れていた今日この頃ですが……。
いつもありがとうございます(o^―^o)ニコ

春名の頼りなさをズバッと斬っていただいたことも(爆)、それがガチだったことも言い逃れのしようがない事実です(遠い目)。

やっと仁くんの母親の『行先』を書くことが出来て、この結末が最終話――のつもりだったのですが、また次を書いてしまったという……。
ですが、そのお陰で、みやこ嬢さんに『また続きを読ませていただきます!』という嬉しいお言葉をいただけたので、それは良しとして――。
今回も優しい洞察、ありがとうございました!


解除
みやこ嬢
2024.02.07 みやこ嬢

民俗学の可不可 読了!

うーん…この集落は倫理観はないけれど、ちゃんとみんな責任を負う覚悟があるからあながち間違いではないような気もする…
ただ、現代日本では駄目ですよね
通信も移動もままならない時代なら全然有りな風習だな、と
サラサちゃんのご両親も、不特定多数の相手をさせるよりは資産家に嫁がせた方が…と、集落のしきたりの中で最上の選択をしたと思います
肝心の資産家の息子がクズでしたが泣

仁くんが同じ年頃の女の子に関心を持った矢先の苦い経験でしたね( ̄▽ ̄;)

2024.02.08 竹比古

みやこ嬢さん、可不可に翻弄されてあの田舎町を肯定してしまわれるのかと思いました^ ^
確かに昔なら間男は子供の数を増やすために貢献したでしょうが、この現代では…。

あ、資産家の息子は間男でなくてもクズです(爆)!
仁くんの淡い初恋を見習って欲しい!

この章もありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。