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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 57

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 ――一体、村で何が起こっているというのだろうか。
 診療所を出て、沼尾はすっかり途方に暮れてしまった。
 ――このまま森へ行くべきか、それとも……。
 迷っていると、
「やっぱり、また戻って来られたんですね」
 聞いたことのある声が、不意にすぐ近くで耳に届いた。
 だが、いつの間に、沼尾のすぐ後ろにまで近づいて来ていたのだろうか。確かに考え事をしながらフラフラと歩いていたが、誰か話をできそうな人がいたら――と思いながらも歩いていたのだ。
 それなのに……。
 振り返ると、そこには――、
「……イサク君?」
 自分の目を疑いたくなる人物だった。――いや、どこかでこうなることを予期してもいたが、まさか、本当に死から甦って、わずか十日でこうして何事もなかったかのように村の中を歩いているなど……。
「君は……死んだはずだ」
 沼尾は、自分の声が震えていることに、気付いていた。
「そうですね。――誰かに話しに行きますか?」
「……」
 玄関や窓を閉め切った家々から、村の人々が息を殺してこちらの様子を窺っている気配がした。
「オレたちは、本当に静かに暮らしていたかっただけなんです。質素な家と、簡素な服と、自然の恵み……。そんな中で、ハルちゃんの口から聞く村の生活は、色々な色や匂いに溢れていて、とてもきれいなもののような気がしていました」
 遠い日を見るように、イサクは言った。
「君に会う前に、華やかな服を着た女性に会ったよ」
 笙子なら絶対に選ばないであろう、趣味の悪い派手な服……。
「里のみんなは、木の色の家や、生成りの服、麻、綿……そんな色しか知らなかった。だから、今、色々な色を楽しんでいるんです」
 きっと、それは本当のことなのだろう。カラフルな色の服を着た、あの女性の楽しげだったこと……。
「今、この村を支配しているのは、里の人たちなのか?」
 沼尾は訊いた。
 待合室にいた老人の委縮した姿や、窶れ切った榧野医師の姿――それとは正反対に、嬉々として明るい色の洋服を着て出歩く里の人たち……。それを見た後では、そんな問いかけしか出て来なかった。
「支配?」
 心外、というように、イサクが言った。
「冗談でしょう? オレたちをずっと支配して来たのは村の人間の方で、オレたちはただその支配から解放されただけです」
「だが、村の人々は、自由になった君たちを恐れている」
「……おかしなものですね。ずっと昔にオレたちを恐れてあの森に閉じ込めた村人たちが、長い時の間にその恐怖心も忘れて、自分たちが里を支配しているかのように思い込んで……。里の人間を見下して、小さな子供を無残に殺して、その結果がこうなったわけです」
「……」
 確かに、今、こうして彼らに村を支配されているのは、村の人々の傲慢な考えから起こった自業自得かもしれない。
 あの時、村の人間には、幼いイサクを殺してしまったことを悔いて謝罪するチャンスが与えられたのに、村人たちは、今回もまたイサクを散弾銃で撃ち殺し、小春にまで怪我を負わせてしまった。
「――これからどうするつもりなんだ?」
 沼尾は訊いた。
 イサクの正体が何であれ、不死の肉体と、狼に変身する力、人を暗示にかける能力……そんなものを自由自在に操れる人々に、どうかできる手段があるはずもない。あの大型の狼は、あっという間に村人たちを殺したのだ。
「そうですね……」
 イサクは言った。


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