349 / 350
Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 57
しおりを挟む――一体、村で何が起こっているというのだろうか。
診療所を出て、沼尾はすっかり途方に暮れてしまった。
――このまま森へ行くべきか、それとも……。
迷っていると、
「やっぱり、また戻って来られたんですね」
聞いたことのある声が、不意にすぐ近くで耳に届いた。
だが、いつの間に、沼尾のすぐ後ろにまで近づいて来ていたのだろうか。確かに考え事をしながらフラフラと歩いていたが、誰か話をできそうな人がいたら――と思いながらも歩いていたのだ。
それなのに……。
振り返ると、そこには――、
「……イサク君?」
自分の目を疑いたくなる人物だった。――いや、どこかでこうなることを予期してもいたが、まさか、本当に死から甦って、わずか十日でこうして何事もなかったかのように村の中を歩いているなど……。
「君は……死んだはずだ」
沼尾は、自分の声が震えていることに、気付いていた。
「そうですね。――誰かに話しに行きますか?」
「……」
玄関や窓を閉め切った家々から、村の人々が息を殺してこちらの様子を窺っている気配がした。
「オレたちは、本当に静かに暮らしていたかっただけなんです。質素な家と、簡素な服と、自然の恵み……。そんな中で、ハルちゃんの口から聞く村の生活は、色々な色や匂いに溢れていて、とてもきれいなもののような気がしていました」
遠い日を見るように、イサクは言った。
「君に会う前に、華やかな服を着た女性に会ったよ」
笙子なら絶対に選ばないであろう、趣味の悪い派手な服……。
「里のみんなは、木の色の家や、生成りの服、麻、綿……そんな色しか知らなかった。だから、今、色々な色を楽しんでいるんです」
きっと、それは本当のことなのだろう。カラフルな色の服を着た、あの女性の楽しげだったこと……。
「今、この村を支配しているのは、里の人たちなのか?」
沼尾は訊いた。
待合室にいた老人の委縮した姿や、窶れ切った榧野医師の姿――それとは正反対に、嬉々として明るい色の洋服を着て出歩く里の人たち……。それを見た後では、そんな問いかけしか出て来なかった。
「支配?」
心外、というように、イサクが言った。
「冗談でしょう? オレたちをずっと支配して来たのは村の人間の方で、オレたちはただその支配から解放されただけです」
「だが、村の人々は、自由になった君たちを恐れている」
「……おかしなものですね。ずっと昔にオレたちを恐れてあの森に閉じ込めた村人たちが、長い時の間にその恐怖心も忘れて、自分たちが里を支配しているかのように思い込んで……。里の人間を見下して、小さな子供を無残に殺して、その結果がこうなったわけです」
「……」
確かに、今、こうして彼らに村を支配されているのは、村の人々の傲慢な考えから起こった自業自得かもしれない。
あの時、村の人間には、幼いイサクを殺してしまったことを悔いて謝罪するチャンスが与えられたのに、村人たちは、今回もまたイサクを散弾銃で撃ち殺し、小春にまで怪我を負わせてしまった。
「――これからどうするつもりなんだ?」
沼尾は訊いた。
イサクの正体が何であれ、不死の肉体と、狼に変身する力、人を暗示にかける能力……そんなものを自由自在に操れる人々に、どうかできる手段があるはずもない。あの大型の狼は、あっという間に村人たちを殺したのだ。
「そうですね……」
イサクは言った。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
人生負け組のスローライフ
雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした!
俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!!
ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。
じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。
ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。
――――――――――――――――――――――
第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました!
皆様の応援ありがとうございます!
――――――――――――――――――――――
君の左目
便葉
ライト文芸
それは、きっと、運命の歯車が狂っただけ。
純粋な子供の頃から惹かれ合っていた二人は、残酷な運命の波にのまれて、離れ離れになってしまう。
それもまた運命の悪戯…
二十五歳の春、 平凡な日々を一生懸命過ごしている私の目の前に、彼は現れた。
私の勤める区役所の大きな古時計の前で、彼は私を見つけた…
愛しくて悲しい僕ら
寺音
ライト文芸
第6回ライト文芸大賞 奨励賞をいただきました。ありがとうございます。
それは、どこかで聞いたことのある歌だった。
まだひと気のない商店街のアーケード。大学一年生中山三月はそこで歌を歌う一人の青年、神崎優太と出会う。
彼女は彼が紡ぐそのメロディを、つい先程まで聴いていた事に気づく。
それは、今朝彼女が見た「夢」の中での事。
その夢は事故に遭い亡くなった愛猫が出てくる不思議な、それでいて優しく彼女の悲しみを癒してくれた不思議な夢だった。
後日、大学で再会した二人。柔らかな雰囲気を持つ優太に三月は次第に惹かれていく。
しかし、彼の知り合いだと言う宮本真志に「アイツには近づかない方が良い」と警告される。
やがて三月は優太の持つ不思議な「力」について知ることとなる。
※第一話から主人公の猫が事故で亡くなっております。描写はぼかしてありますがご注意下さい。
※時代設定は平成後期、まだスマートフォンが主流でなかった時代です。その為、主人公の持ち物が現在と異なります。
美少女邪神がナビゲート 魔界からのエクシダス!
エンリケ
ライト文芸
ネズミの獣人・プールは貧乏派遣社員。 「なにがやりたいのかわからない」悩みに苦しみ、沸き立つ怒りに翻弄され、自分も人も許せずに身悶える毎日。 暗く糸をひく日常に突然、暗黒邪神が降ってきた! 邪神曰く、「お前は魔王になれ!」 プールは魔王になれるのか? いやそれ以前に、「人としての普通」「怒りのない日々」「愛とか幸せとかの実感」にたどり着けるのか? 世にありふれてる「成功法則」以前の状況を作者の実体験と実践を元に描く泥沼脱出奮闘記。 もしどなたかの足場のひとつになれれば幸いでございます。
小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しております。
突然、婚約破棄を言い渡された私は王子の病気を疑う【短編】
キョウキョウ
恋愛
卒業記念パーティーの最中、ディートリヒ王子から前触れもなく婚約破棄を告げられたオリヴィア。
彼女が最初に取った行動は婚約破棄を嘆くことでもなく、王子の近くに寄り添っている女性を責めることでもなく、医者を呼ぶことだった。
突然の心変わりに、王子の精神病を疑ったからだ。
婚約破棄に至る病、突然の心変わりは一つの病として知られていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる