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Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 56
しおりを挟む診療所では、驚くことに若い女性が受付に座っていた。以前もいたのかも知れないが、沼尾は診察時間外にしか来たことがなかったので、受付に人がいるのを見たことがなかったのだ。
「こんにちは」
受付の女性が、溌溂と微笑む。
「あ、こんにちは……。沼尾と言いますが、榧野先生はいらっしゃいますか?」
そう問いかけると、
「ああ! あなたが沼尾さん。――小春ちゃん、元気にしていますか?」
と、迷いもなく訊いた。
その様子を見る限り、彼女は小春のことを知るこの村の住人で、この診療所にも、きっと以前からいたのだろう。
「昨日も様子を見に行きましたけど、元気でしたよ。学校の手続きも済んだので、いつからでも通い始めることが出来るはずです」
「まあ、よかったわ。――榧野先生ですね。お待ちください。今日は患者さんも少ないので、すぐにお会いになると思いますよ」
そう言って、受付の女性は奥の診察室へと消えて行った。
確かに待合室には、二人ほどが長椅子に腰かけているだけで、一人は診察を終えて、薬の用意が整うのを待っているところらしい。
沼尾は、その一人の隣に腰かけて、
「こんにちは」
と控えめな声で、会釈した。
すると、その老人は、
「あんた、寺を借りてた人かい?」
と、睨みつけるような目で沼尾を見据えた。
やはり、沼尾たちのことを以前と同じようによく思っていない人々も、ここにはいるのだ。――そう思っていた。その時は。
「はあ。その節は色々とご迷惑を……」
「あんたたちが余計なことをしたせいで、村はあいつらに――」
言葉の途中で、不自然なほど唐突に、その老人は話すのをやめた。
さっきの受付の女性が戻って来て、診察の順番を待っている一人を呼んだのだ。続いて、
「笹田さん、お薬が出来ましたよ。どうぞ」
沼尾の隣にかける老人を呼ぶ。
「は、はあ、いつもありがとうございます」
やたら恐縮しながら立ち上がり、老人は愛想笑いなど浮かべて、受付で薬を受け取ると、そそくさと診療所を後にした。
沼尾に対する態度とは、正反対である。
だが、どこか余所余所しく、ともすれば委縮しているような言葉や態度は、不自然さを感じさせるものでもあった。
そうする内に、診察を終えて出てきた患者と入れ替わりに、沼尾が診察室へと呼ばれた。
以前にも入ったことのある一室で、広くもない部屋には、榧野医師が腰かけている。
だが――。
「どうしたんですか?」
沼尾は思わず、そう訊いていた。それ以外の言葉は出て来なかったのだ。
あれから、まだ十日も経っていないというのに、榧野医師は一気に十も老け込んでしまったようで、すっかり窶れてしまっていたのだ。
沼尾の問いに、榧野医師は自嘲気味に笑っただけだった。そして、
「もうこの村へは来ない方がいい。早く帰るんだ」
ドアの向こうを気にしながら、小声で言った。
「何かあったんですか?」
「……。悪いことは言わない。村は変わった。森にはもう誰もいない」
「いない? 里の人や、あの狼たちは――」
「沼尾先生、私を見れば判るでしょう?」
「……」
「受付の女が見張っています。もう、この村のことは忘れることです」
そう言って、榧野医師は疲れたように椅子にもたれ、目を瞑って指を当てた。
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