可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 52

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「まるで、ロミオとジュリエットの悲劇ですね。キャピュレット家とモンタギュー家の確執が、愛し合う二人を死なせてしまった、あの……」
 帰りの電車の中で、昨日のことを振り返るように、仁が言った。
 村と里の確執の末に、命を落としてしまった少年……。
「結局、二度も殺されたのか、彼は」
 苦渋の面持ちで、春名は言った。
「兄弟がいたのかどうかも、教えてもらえませんでしたからね」
 謎は謎のまま、狼たちに運ばれて、イサクの亡骸は森の奥の里へ隠されてしまった。後を追おうにも、狼たちの威嚇の唸りは、春名たちを森へ通してはくれなかった。
 だが、小春の背中を鼻先で押し、春名たちにその身を預けた。
 ――小春が生きて行く手伝いをしてあげて欲しい、と……。
 到着した救急隊への説明は、榧野医師が請け負ってくれた。無論、榧野にしても、どう話していいのか解らなかっただろうが。
 そして、あの場に残された村人たちの死体――。鋭い爪に引き裂かれ、喉を牙で噛み千切られ……十数頭の獣に襲われた獣害となれば、今度こそ行政の手が森に入るだろう。人間を襲う森の獣を殺すために――。
 だが、あれは本当に里の人々が獣人化した姿だったのだろうか。
 誰も彼らが変身リカントロピーするところを見ていないのだから、今となっては真実を確かめる術もない。行政の手が入ったところで、彼らも自分たちの獣人化を認めたりはしないだろう。
「招待してもらった家にしか入れない――そんな話があったな」
 小春の招きに応じて跳び出して来た狼たちの姿は、ふとそんな伝説を思い出させた。
「そういえば、吸血鬼も狼に変身できる説がありますよね」
「まあ、そっちの方は沼尾先生の領分だろう」
 精神科医ではなく、民俗学者の――。
「大丈夫かい、小春ちゃん? 施設では一時的な保護の扱いだけど、すぐに正式な手続きをして、君が暮らせる場所を手配するから」
 電車の前の席で、沼尾が隣りの席の小春を気遣う声が聞こえた。
 それがイサクの望みだったのだから、と……。
「サクちゃんは……生きてるから……」
「ん?」
「でも、駐在さんたちは、私が殺したの――」
 静かな声で、小春が言った。
「小春ちゃん! それは違うよ。あれは森の狼が――」
「サクちゃんと約束してたの。村の人たちが里の人をそっとしておいてくれないのなら、あの森から出るしかない、って――。だから、私に森の外に招いてほしい、って……」
「招く?」
「そうしないと、里の人たちは森から出られなかったの。サクちゃんも、小さいときは森から出て来られなかったけど、私が招んだから山査子の木を越えられたの」
「……」
 小春の言葉に、沼尾が息を呑むのが解った。
 彼はきっと、またあの森へ行こうとするだろう。小春の施設の手続きを済ませ、やらなければならないことを済ませたら、取るものも取らず、身一つで――。民俗学に傾倒し、医者を辞めてまでのめり込んだ沼尾が、今の小春の言葉の真偽を確かめずにいられるはずもない。
「先生、あの里の人たちは本当に……」
 前の席の話を聞いていた仁が、隣に座る春名を見上げた。
「もし、本当に吸血鬼だったのだとしても、ずっと昔から身を隠してきたように、誰にも真実は語らないだろう」
「でも、彼らが隠して来たわけじゃなくて、村の人たちが閉じ込めて来たんでしょう? ずっと昔から、彼らを恐れて」
「恐れて、か……」
「魔除けの籠目を置いたり、山査子の木を植えたり……。きっと、過去に何か凄惨な事件があって、やっとのことであの森に封じたんでしょうね」
「ただの憶測だろ?」
「そうでしょうか?」
 あの狼たちを見て尚、そう言えるだろうか。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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