可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 49

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「サクちゃんと私は、互いを許し合えた……」
 指を結び、小春は小さく呟いた。
 あの時、イサクも、村の人間であろうと、里の人間であろうと、自分の非を認め、謝罪し、相手の気持ちを考えることで、許し合えることを知った。
 だから、幼い日にイサクを殺した村の人間が、その時の自らの罪を悔い、改めてくれるのなら……互いに少し、歩み寄れるかも知れない、そう考えたのだ。
「サクちゃんに謝ってください」
 さっきの呟きとは全く違うはっきりとした声で、小春は、自分をここへ連れて来た四人の村人にきっぱりと言った。
 吉川巡査を始めとする村の男たちは、最初は何を言っているのか解らない様子で戸惑っていたが、
「あの日――私とサクちゃんは、ただ話しをしているだけだったのに――。サクちゃんはまだ小さくて、無抵抗だったのに、みんなで――」
 その言葉には、ハッと体を強張らせ、すぐに過去の忌まわしい殺人を思い出した様子だった。
「おまえ、やっぱりあいつらとグルになって、頭のおかしいフリをしていやがったんだな!」
 過去の罪を蒸し返された腹いせとばかりに、顔を真っ赤にして頭に血を昇らせる。
「里の人たちを森の中に閉じ込めて、森から出てきたら有無を言わさず殺すなんて酷すぎる!」
 小春は精一杯に、これまでの思いを男たちにぶつけた。
 だが――、
「これでようやくはっきりしたぜ。自分の親父も、助川のおやっさんもあいつらに売って、今度はおれたちってわけか。大したタマだぜ」
 男たちの耳には届かなかった。
「お願い! サクちゃんに謝って! そうすればサクちゃんたちは、これまで通りに静かに暮らしていくって――。村の人たちを恨んだりしないって――。そう言ってたから――。だから、ちゃんと謝って!」
 ただそれだけのことで――相手の人権を認め、自分たちと同じ人間なのだと認めるだけで、里の人たちは、小さな子供を殺した罪を許してくれるというのに。
 きっと、森の中でイサクと共に、村人たちの口からあの時の罪を悔いる言葉が出て来るのを、じっと待ちわびているというのに。
「ハッ! 馬鹿馬鹿しい! あいつらは人間を襲う化け物だぞ! だから、おれたちの先祖が魔除けの山査子を森の周りに植えて、あいつらがそこから出て来ないよう、今日まで見張って来たんだ。おまえも二十歳になったら自分たちの役目を聞いて、それを引き継いでいくことが本来だったんだ。それを、あいつらの肩を持って、言うに事欠いて謝れだと?」
 男たちの怒りは、自分たちの度量の狭さを示すように、増していた。
「謝って! 里の人に酷いことをしたのはおじさんたちなんだから、謝って!」
「こいつ――!」
 掴みかからんばかりの小春の懇願に、男たちの一人がキレた。ただでさえ、自分たちの罪を責められ、その正論に苛ついていたのだ。正し過ぎる小春の言葉は、歪んでしまった大人たちの胸には届かない。
「おい、よせ――」
 軽トラックの荷台から、散弾銃を取り出す一人に、さすがに見かねて吉川巡査が止めた。
「かまうもんか! こいつの親はもういねぇ。死んだって文句をいう奴はいねぇよ」
「そうだそうだ! 里の奴らに殺されたことにすれば、誰も疑いやしねぇ。皆、こいつの頭がイカれてることは知ってるんだからな」
 最早、何を言っても無駄なことは、明らかだった。
 散弾銃の銃口が、すぐそこにいる小春へと向けられた。これほどの至近距離で数十もの細かい鉛玉が放たれれば、助かることはないだろう。
 背後で一台の車が止まった。ドアが開き、
「何をしている!」
 突き付けられた散弾銃の銃口を見て、
「逃げるんだ、小春ちゃん!」
 榧野医師が飛び出して来た。
 そして、森からは――。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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