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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 48

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 パトカーと軽トラックが止まったのは、あの森を前に見る、小川と山査子の境界線となる場所だった。
「さあ、降りるんだ」
 吉川巡査の顔は緊張に強張り、軽トラックから降りて来た三人も同様だった。
 小春は促されるままにパトカーから降り、森へと視線を巡らせた。
 ――サクちゃんはいるだろうか。
 いや、いるに決まっている。静かに暮らすことを望んでいたのに、あの日、それが出来なくなってしまったのだから。
 あの日――。
 病床に臥せっていた小春の母が死に、父である補伽毅は、すっかりしょぼくれて、畑にも出ずに遺影の前で安い酒を煽っていた。母親が癌と診断され、最後は家で過ごしたい、と退院をしてきて、榧野医師に往診をしてもらう日々の中で、それでも本人も家族も、もしかしたらこのまま治るんじゃないのか、という気持ちを捨て切れずにいた。
 末期だとか、もって数日だとか、痛み止めのモルヒネだとか、そんな絶望的な言葉や薬が目の前にあっても、まだ現実を受け止め切れずにいたのだ。
 そして、小春の母は死んだ。
 小春は自分の部屋で泣き、森の中で泣き、イサクが傍にいてくれたことで、何とか現実を受け止めた。
 だが、父、補伽毅は、酒に逃げるばかりだった。そして、ある日、
「あいつらだ……。あの化け物たちが母ちゃんを……」
 ブツブツと呟き出したかと思うと、酔っぱらった勢いのまま、散弾銃を片手に禁じられた森へと突き進んだ。
 自分の部屋にいた小春がそれを知ったのは、イサクが来て、『お父さんが森で暴れている』と教えてくれた時だった。すでに陽は暮れて暗かったが、イサクが手を引いてくれたから怖くはなかった。
 そして、森へ着き……。
 聞こえたのは、散弾銃の発砲音だった。ドン、と腹に響く重い音が、森の中に吸い込まれた。
「ダメ! お父さん、ダメ――! 里の人たちを傷つけないで――!」
 続けてまた、重い音が響き渡った。
 音が聞こえる度に、胃の中に鉛が押し込まれて行くようだった。
 里の人たちが二人、森の中で倒れていた。
 そして、イサクが前に立ち、小春から見えないように庇った先には、獣に引き裂かれたような姿で息絶える父の姿があった。ほんの刹那、垣間見えた光景だったが、あまりに非現実的過ぎて、なぜあんな姿で死んでいるのだろう、という疑問しかわいて来なかった。
「ごめん、ハルちゃん。ごめん……」
 謝るイサクの声が聞こえた。
「ううん……お父さんが……ごめんなさい……。里の人たちを……」
 互いに謝り合うことしか出来なかった。
「忘れた方がいい」
「……忘れる?」
「うん。オレの目を見て……」
「……」
「さあ、戻ろう、ハルちゃん」
「うん……」
「約束してくれるかな?」
「――約束?」
「オレたちは里で静かに暮らしていたいんだ。もし、あの時の村の人間たちが、今日のハルちゃんみたいに謝ってくれるなら……」
「今日の私?」
「あ、いや、オレたち二人みたいに同じ人間として、相手を思い合えるなら――いいな、って――」
「ホントだね」
「でも、そうならなかったら……」
「――サクちゃん?」
「そうならなかったら――」


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