338 / 350
Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 46
しおりを挟む遠くで救急車のサイレンが聴こえる。あの音は、この静かな村では、本当によく響くのだ。
「助川のおやっさんも御守りなんか取りに戻らなきゃ、あんなことにはならなかったのになぁ」
「余所者を追い出すために命を捨てるんじゃあ割に合わねぇ」
「御守りを落としたせいで、運が尽きたんじゃねぇのか?」
「どっちにしても、このままじゃあ全員殺られちまう」
「だから、その前に誘き出して殺っちまうんだ。餌は手に入ったんだからな」
「駐在の奴、さっさと戻って来やがれってんだ。日が暮れちまうぞ」
「まだ朝だ。そう急くな」
小春の耳に届かないよう、小声で話をする三人の背中は、狡猾な形に曲がっていた。――いや、彼らの話が聞こえていなくとも、小春には全て解っていた。この三人が――助川も含めた四人が、昨日、寺に火を点けた犯人だということは――。イサクがそう言っていたのだから。そして、小春も覚えていた。あの時、イサクを殺した男たちを……。
――サクちゃんとの約束も……。
止まっていたサイレンの音が再び鳴り出すまでに、三十分以上の時間がかかった。すでに榧野医師の手で死亡が確認され、急ぐこともなかったのだろう。搬送することではなく、状況を訊くことを優先していたのだ。
吉川巡査が戻って来たのは、それからしばらくしてのことだった。
「さあ、ハルちゃん、待たせたね。行こう」
どこに、とも言わずに、小春の背中を押して促す。
他の三人も立ち上がり、駐在所のパトカーではなく、傍らに止められた軽トラックへと乗り込んだ。一人は農耕具と共に、後ろの荷台へ。
パトカーと軽トラックは、森へと静かに走り出した。
ガサ、っと茂みの向こうで、音がした。
木々の合間を、何かが素早く駆けて行く。
だが、仁には、今、自分が見たものを信じることが出来なかった。
「先生……」
沼尾の背に負われながら、傍らを歩く春名に声をかける。
「ん?」
歩き疲れて音も何も気づいていないのか、春名の様子はいつも通りで――。
「今、森の中に四つ足の獣がいて……」
「まさか、熊とか?」
獣害で死んだ村人たちのことが、一番に頭に浮かんだのか、春名は言った。
「いいえ。もう少し細身で小さい、狼みたいな……」
「ニホンオオカミは絶滅したよ」
沼尾が横から――下から、口を挟む。
「いえ、狼みたいに見えたんですけど、服を着ていたんです」
「服?」
その言葉には、春名も少し目を見開き、
「よくある、ペットに洋服を着せて散歩させているような、あんな感じなのか?」
まさか、里の人々が、家畜に服を着せて飼っている訳ではあるまい。
「違います。一瞬でしたけど、ペットが着るような簡単な服ではなく、人間の服に見えました」
「人間の?」
三人の視線が、一様に前を歩くイサクへ向いた。
恐らく、三人の会話はイサクにも聞こえていたであろうから、何か言葉が返って来るのではないか、と思ったのだ。
だが、イサクは無言で前を行くだけで……。
「――もしかして、ぼくたち、動物に囲まれて見張られている、とかじゃないですよね?」
仁は、もう一度春名へと、自分の見たものの意味を問いかけた。
「服を着た狼じゃあ、人狼だろう。スラブの人狼伝説みたいな」
民俗学に傾倒した元医師、沼尾が言う。
「いや……」
思い出したように口を開いたのは、春名だった。
「狼化妄想症――人獣化現象だ」
0
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる