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Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 43
しおりを挟む――オレたちはもう籠の中に閉じ込められたままではいない。
春名の背で揺られる中、仁はイサクの言葉を反芻していた。
閉じ込められたままでいない……それが里の人々の総意だとすれば、彼らは一体、どうするというのだろうか。これから何が起こると――。
春名に背負ってもらうのは心苦しいが、お陰でこうして考える時間が持てる。恐らく、春名にも沼尾にもそんな余裕はないだろうから、今、状況を整理できるのは、仁だけだ。
小春は村の人たちに捕らわれているらしいが、イサクは、その小春が里の人々を開放すると言う。
――ハルちゃんが皆を開放する。そういう約束だったから……。
なら、どうやって? 小春もまた、何か特別な力を持っているのだろうか。それともまた、何かの暗示にかけられているのだろうか。
今思えば、小春にかけられていたあの後催眠は、イサクがかけたものだったのかも知れない。イサクにそんな知識はないのかも知れないが、もともとそんな能力を持っていたとしたら……。
だが、本気で小春に人殺しをさせようとしていたわけではないだろう。小春が襲いかかるのは、自分より力の強い大人の男に限られていたし、まず間違いなく抵抗されて失敗に終わる相手だけだった。
なら、何のために……。
そう。その奇行のために、小春は親類縁者の元に引き取られることもなく、両親が死んだ家で、食事を運んでもらう程度の世話を受けて、一人で暮らしていたのだ。実際には、すぐに寺へ身を寄せて、春名にその暗示を解かれることになったが――。その間、村の男たちは彼女に近寄ることはなかった。それは、イサクにとって安心できることであり、また、小春と会うためには都合のいいことだったのではないだろうか。
あの暗示は、小春を守るため……。
だとしたら、なぜ急に、そんな守りが必要になったのだろうか。その前に何か――そう。起こった。
小春の父親が死んだのだ。全身を熊の爪に切り裂かれ、牙を立てられて惨たらしく殺された。
それが熊の仕業でなく、他の誰かがしたことだ、と解る人間たちがいたとしたら……。例えば、昔、幼かったイサクを殺した大人たち――。彼らが、熊の獣害をその時の報復だと思い、小春の口からあの日の出来事が蒸し返されることを恐れたのだとしたら――。小春に近づき、何かしようとしたかも知れない。今回のように。
暗示のせいで迂闊には近づけなかったが、昨晩、また村の男が一人殺された。小春の父親と同じ、熊による獣害ということだった。それが、二の足を踏んでいた、あの時の村人たちを動かすきっかけになったのだろう。次は自分たちの番かも知れない、と。
そして、小春は捕らえられた……。
森が山へと続く登り坂になり、仁は春名の背からイサクの背に移り替わった。春名と比べれば小さい背中だが、安定感に欠くところはなく、緩やかな傾斜を登っていく。緩やかとはいえ、道なき道は、時折、傍の木々に掴まったり、杖代わりの枝をついたりしなくてはならない悪道で、イサクだけが手を使うことなく、足の力だけで、仁を背負って進んでいた。
本当に彼は、この森の中で暮らす、不思議な少年なのだ。
そして、どこか得体の知れない一面を持つ……。
「子供の頃、ぼくには他の人には視えないものが時々視えた。――きれいに洗い落されたはずの血だったり、猫を殺す誰かの狂気だったり……。学者たちのモルモットだったぼくは、よくPSIの実験を受けさせられたりしたよ」
イサクの背で、仁は静かに過去を話した。
「その1=1+αの能力は、春名先生と一緒に暮らすようになって、情緒が安定するようになると消えて行ったけど――君にも、何かそういう力があるんじゃないのか?」
仁の問いは聞こえているはずだったが、イサクは息を切らすこともなく、ただ木々の合間を登って行くだけだった。
「例えば……相手の目を見て、言葉を発することで、強い暗示をかけることが出来る、とか」
無言のイサクに、続けて訊く。
「……。そういうのを、化け物、って言うんだろ、おまえたちの世界では」
イサクが言った。
「そうだよ。ぼくも小さい頃から気味の悪い化け物のように見られて来た。その能力に、興味深げに寄って来る学者たちもいた。ぼくの周りには、いつもそんな異端視があった。――君たち里の人間も、村の人たちと少し違う能力があったことで、そんな風に見られてきたんじゃないのか?」
仁は訊いた。
だが、
「まさか」
イサクはすぐに否定した。そして、
「オレたちは、おまえと違って、正真正銘の化け物だよ」
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