可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 40

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 バスは定刻通りに村から駅へと向かっていた。
 昨夜の火事の件で消防から聞き取りがある、ということで、寺を借りていた沼尾と、一緒にいた春名と仁も、駅前向こうの消防署に来るように、と村の駐在が伝えに来たのだ。何しろ昨夜は深夜で、怪我人もいなかったため、詳しいことは後日、といって帰してもらったのだから――。
 小春からもっと話を聞きたかったが、火事の件も後回しに出来ず……。
「せめて、榧野先生が戻って来るまで、あそこで待っていられたらよかったんですけど……」
 小春を案ずる仁の言葉に、
「駐在さんが見ていてくれる、ということだったし、大丈夫だよ」
 沼尾が言った。
 だが、その駐在は、昨日の火事を放火ではなく、春名たちの火の不始末のせいだ、と決めつけた村人なのだ。
「まあ、俺たちと一緒にいるよりは安全だろう」
 春名は言った。
 何しろ、寺では火事に巻き込んでしまったのだから――。かごめかごめ、という童謡を調べに来て、これほど疎まれることになるなど思ってもいなかったが(いや、調べに来たのは沼尾で、春名と仁はとばっちりを食っただけである)……。
「――あのイサク君が小春ちゃんを守ってくれていたら、心配なさそうですけどね」
「あの火事の中、涼しい顔をして俺たちの荷物を運び出して来てくれたからなぁ。かなりの熱さと煙だっただろうに」
「冷静なんだか、無鉄砲なんだか――。ほとんど目なんか開けていられない状態だったはずですよ。森で暮らしていると、超音波か何か出して、物の位置が解るんでしょうかね」
「蝙蝠じゃないんだから……」
 そんな風に、小春のことを気にかけながら話をしていると、
「あれ? イサク君じゃなかったかな……?」
 バスの車窓から、通り過ぎた雑木林に目を凝らして、沼尾が言った。
「え?」
 春名と仁も、沼尾が見ている車窓の先に目を凝らす――が、すでに木々の向こうに隠れてしまったのか、姿は見えない。
 そういえば、村へ行くときもイサクの姿をバスから見かけ、その後、バスがあんな事故に遭ってしまって……。
「先生――。ぼく、嫌な予感がします」
 仁が言った。
「解った。小春ちゃんの所に戻ろう」
 春名はすぐに頷いた。
 理由を聞く必要はない。仁が幼い頃に顕著に表れていたその1=1+αの能力は、成長して情緒が安定するとともに薄れて行ったが、今でも時々、こうして何かを感じる時があるのだ。もちろんそれがどんなことであるのかは、仁にも詳しく解るわけではないし、漠然とした嫌な予感、というだけのことで、何にどう注意すればいいのかも定かではない。
 だが、外れたことは一度もない。仁がそういうからには、何かがこれから起ころうとしているのだ。それを無視して、このまま進んでしまうことは出来なかった。
 沼尾は、仁のその言葉について何も言わなかったが、興味深そうに仁を見ていた。――といって、過去に仁を追い詰めた学者たちの興味とは違って、春名と仁の、全てを解り合うようなやり取りに、何かを考えているような感じだった。
「――君は笙子と付き合っているんじゃないのか?」
 と、春名に訊いてきたことからしても解るように――。
「俺たちのことは関係ないはずだ」
 冷やかに返すと、
「笙子は、君のことを愛しているんだぞ! 僕と再会して話をしていた時も、君の悪口ばかりで――。いや、悪口ばかりだったが、僕には笙子がどんなに君を思っているか、すぐに解った!」
「……」
「それなのに、素直に君を好きだと言わないのは、仕事を大切にしているからだと思っていた。疲れているのも、仕事を優先しているからだと――。まさか、君が笙子に『好きだ』とようにしているからだとは……」
 沼尾の肩が怒りに震えた。
「やめてください、沼尾先生。春名先生は――」
「いいんだ、仁くん。――次で降りて、村へ向かうバスに乗り換えよう」
 停車ボタンを押し、春名が言うと、
「相変わらず、男を見る目がないな、あいつは……」
 自嘲のように、沼尾が言った。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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