可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 38

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 徒然草(下)第191段
「夜に入りて物のはえなし」といふ人、いと口惜し
 よろずのものの綺羅・飾り・色ふしも、夜のみこそめでたけれ
(中略)
 よき男の日暮れてゆするし、女も、夜更くる程にすべりつつ
 鏡とりて、顔などつくろひて出づるこそをかしけれ


 女も、夜更くる程にすべりつつ……


「そう、【徒然草】だよ! 【女も、夜更くる程にすべりつつ……】――女も、夜が更ける頃にそっと消え、鏡をとって化粧直しをしてから再び戻って来るのは趣深い――。まさに、鶴と亀は夜明けの晩にすべったんだ」
 自らがこの地に求めて来た『かごめかごめ』の歌詞に符合する村と里の姿に、沼尾はこんな時だというのに歓びだしそうな雰囲気だった。もちろんそれは、医者から民俗学者へ転向した熱意の表れであって、この事態を喜んでいる訳ではないのだが。
「――サクちゃんじゃないわ!」
 いつの間に目を醒ましたのか――いや、小さな子供ではないのだから、この騒ぎで目を醒ましたのだろうが、真摯な眼差しで小春が言った。
「サクちゃんは、お父さんや助川のおじさんを殺したりしない!」
 と、里に住む少年を必死にかばう。
 きっと、幼い日もそうしてかばったのだろう。『サクちゃんは悪くない』『サクちゃんに何もしないで!』と……。
「……君が何を知っているのか、教えてくれないか?」
 これからも続くかもしれない殺人事件に危惧して、春名は訊いた。
 だが、小春は首を振り、
「サクちゃんはそんなことしない……」
 と、涙を零した。
 さすがに、言い出しっぺの沼尾もばつが悪そうで、何を言っていいのか解らない様子で、ただ頭を掻いている。
 だが、今回の事件に、彼――イサクが絡んでいるのだとすれば、それは、幼い日の、あの幻の事件に起因しているに違いない。森を出て小春と遊んでいたイサクが、村の男たちに囲まれ、鍬や鋤を振り上げられ、ただ体を丸めて頭を抱えるしか出来なかった幼い日――。何度も鋭い農具に貫かれる彼の背中の正面には、今回殺された助川という村人もいたかも知れない。

 後ろの正面だあれ?

 イサクが、あの幼い日に自分を殺した村人たちに、森を出て復讐しているのだとすれば……。今回、助川が殺された場所が寺だということも頷ける。イサクは昨夜、春名たちと共に、あの寺で過ごしていたのだから。
 そして、火事に気付いた。もしかすると、その火事の原因となった放火も、殺された助川がしたことだったのかも知れない。イサクはそれを知っていて……。
 小春は、あの日にいた大人たちが誰なのか知っているはずだ。もちろん、その中に自分の父親がいたことも、理解しているに違いない。
 父親が殺され、助川という村人が殺され、次に誰が殺されるのかも、小春なら解るに違いない。
「これは大事なことなんだ。君は、子供の頃にイサク君が殺されたと言っていただろう? 今回、熊に殺された助川という人も、その時、イサク君を殺すのに加わっていた一人じゃないのか?」
 もう一度春名が訊くと、俯いて泣く小春の肩が、少し、止まった。
「他にその場にいたのが誰か、君は知っているんじゃないのか?」
 殺したのはイサクではない――そう信じていても、あの時、あの場にいた二人が殺されたとなれば、小春の中にも微かな疑問が生じるに違いない。
 それでも――、
「違う……。サクちゃんはそんなことしない……」
 それでも、もうこれが熊の獣害であるなどとは、考えていないはずだ。
「頼む。あの日、誰がいたのか――。それだけでいいから教えてくれないか?」


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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