可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 36

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 火は、消えた。
 いや、庫裏が焼け落ち、燃えるものが無くなって、やがて消えた。予想通り、消防車の到着は遅かった。山門までの階段に消火ホースをつなぐのにも時間がかかった。
 本堂や他の棟に延焼しなかったことが、せめてもである。
 村人たちのやじ馬は意外なほどに少なく、遠巻きに眺めていた人々も、火が消えると共に家々へ消えた。
 駆けつけた駐在所の巡査は、
「薪風呂の火の始末が悪かったんでしょうな」
 と、消防隊に話し、
「そんなはずはない! 火の始末もしたし、もう皆、風呂に入り終わって随分時間が経っていた!」
 いくら春名たちがそう言っても、聞く耳持たない様子だった。
「――無駄ですよ、春名先生。彼も村の人間です」
 いつの間にか様子を見に来ていたらしい榧野医師が、脇に立って小声で言った。
「ですが――」
「今日は診療所で休んでください。すぐに夜が明けますよ」
「……」
 結局、火事は放火ではなく、火の不始末が原因、ということにされてしまい、村の自治会長が出て来て、『すぐにこの村から出て行ってくれ』と言われた。無論、時間が時間であるためバスもなく、翌朝まで春名たちは診療所で世話になることになったのだが……。
「あんな見え透いた大嘘! 消防が調べれば、油を撒いた痕跡がすぐに見つかるのに!」
 すっかり自分たちのせいにされてしまった寺の火事に、仁が頬を膨らませて言うと、
「それまでに君たちは出て行かされるだろうけどね」
 榧野医師が皮肉気に言った。
「……」
 残念だが、その通りだろう。
「大丈夫! 私の家へ来ればいいんだわ」
 小春が言ったが、
「それはダメだ。今度は君の家が同じことになるかも知れないし、君が正気であることが解れば、君自身が何をされるかわからない」
 現に、小春がいてもお構いなしで、寺に火を点けられてしまったのだから。
「――どうでしょう? 僕にも今回のことを話してもらえませんか? 明日、バスで帰っても、診療所には車があるし、駅まで迎えに行くことが出来るかも知れませんよ」
 榧野医師の提案に、四人はイサクのことを話していいものかどうか顔を見合わせたが、どのみち、このままイサクと小春のことを放って帰るわけにはいかないのだから……。
「ことは、戸籍すらないかも知れない里の人たちの存在と、村の人たちに殺された少年の謎から始まっているんです。――いえ、きっと、それ以前から、ずっと……」
 春名は、取り敢えず、今解っている――いや、解らずにいるイサクの死から、現在、そのイサクが生きて存在し、ついさっきまで寺で話をしていたことを榧野に話した。
「ちょっと待ってください――。それなら、そのイサクという少年は、村の人たちに殺されて、その後、息を吹き返した、ということですか?」
 驚く榧野に、
「だとすると、不死身、ということになるんでしょうね。――ですが、彼らの村では大麻草を栽培しているようですら、その辺りも関係しているのでは……と思っています」
 ただの憶測でしかないが、春名は言った。
 小春が何か言いたそうにしていたが、口を開かないということは、きっと『サクちゃんとの約束』があって喋れないのだろう。
 大麻草――。果たして彼らは大麻草を使ってまで、小春にイサクの死の記憶を植え付けたりするだろうか。
 そして、後催眠――。もし、それも彼らのしたことだというのなら、何故、小春にそんな暗示をかけたのか。
 解らないことが多すぎる。解らないことだらけである。
 村と里が小川と山査子で分断されていることも、里の人たちが何故森から出ることもなく暮らしているのかも、村の人たちが何故森に入ることを禁じているのかも……。
 一体、いつから……。
 何故、何のために……。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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