可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 32

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 小春が心を病む切っ掛けとなった『サクちゃん殺し』の事件は、結局、小春の妄想ということで片づけられてしまったらしく、期待していたような収穫は何もなかった。
 もちろん、サクちゃんは今も生きているのだから、本当に妄想であったと見るのが当然だろう。村人たちが森へ入ることを禁じるのも、恐ろしい熊が住んでいて危険だから、というだけのことで――。
 だが……。
「先生、やっぱりぼくは、あの少年と話をしなくてはならないと思うんです」
 村の中だけで解決しようとしても、少しも前に進まない現状に、仁は言った。
「そう言っても、森に入ろうとすれば、また鍬や鋤を持った連中が出て来るだろうからなぁ」
 お手上げ、とばかりに両手を広げて、不貞腐れる春名に、
「じゃあ、向こうから来てもらうとか」
「はぁ? どうやって?」
 そりゃ春名だって、あの時、森で『ここではないところで話が訊きたい。都合のいい時に寺へ来てくれないか?』と、イサクに言ったが、実際に来てくれるかどうかは相手の胸三寸なわけで……。春名がどう言おうと、イサクにその気がなければ、適わない。日々の外来診療と同じである。患者に治療を受ける気があって、通院してもらわなければ、こちらからは手出しができないのである。
「この村の人は、森に棲む魔物を恐れて、竹籠を軒下に置いている訳でしょう?」
「まあ、そうだな」
 科学的な根拠は全くないが。
「なら、この寺の山門にかけてある籠目紋の提灯を外したらどうでしょう?」
 得意げに唇の端を持ち上げて、仁が言った。
「へ……?」
 そんな発想は微塵もなかった、というか、そんなことであのイサクが来てくれるとは考えていなかった(今も考えていない)春名は、ぽかんと口を開けるしかなく……。
「ほら、吸血鬼はニンニクを吊るしておくと来ないし、鰯の頭は鬼を近づけないし」
 どうやら仁の方は、大真面目に言っているらしい。
「来てほしいのに、そんなものを掛けておくなんて、失礼でしょう?」
 凡人と違う発想が出来るというのは、やはり天才児の凄いところなのだろう。
「まあ、外すくらいなら、大した手間でもないし……」
 ここで議論の必要はない。それに、村人たちが何かに怯えるように竹籠を早々に軒先に置くようになったのは、小春の父親が殺されてからだという……。
「もしかすると、彼女の父親は、獣害に遭った日に、軒先に竹籠を置くのを忘れていたのかも知れないですよ」
「……」
 それでは、B級ホラーである。
「だから、魔物に攫われて、森に連れて行かれて殺された」
「辻褄さえ合えば、何でもあり、という訳には……」
 ここは小説の世界ではなく、現実世界なのである(え? 作者無言…)。
「でも、来てほしい、という意思表示は必要でしょう?」
「まあ……そうだな」
 今のところ、再び森へ行くよりは、建設的だ。
 善は急げ――? 二人は早速、沼尾に伝え、寺の山門にかけられた、今回のかごめかごめ探しのための沼尾の意気込みである、籠目紋の提灯を外し、
「さあ、どっからでも掛かってこい!」
「……」
 ――それは少し違う……。
 そんな訳で明るい内に提灯を外し、人待ち顔で夕食を囲み、今日の長い夜のために風呂に入り……。
「少し訊いてもいいかな?」
 沼尾が遠慮がちに、口を開いた。仁へ向けての言葉である。
「――。何ですか?」
 仁は少し身構え、春名もわずかに緊張した。
 子供の頃から学者たちにモルモットのように扱われ、傷付けられて来た仁には、自分に興味を持ち、質問を投げかける人間が、何よりの嫌悪の対象である。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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