可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 27

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「彼女の話、どう思いますか?」
 隣の部屋に小春を休ませ、男三人だけになると、仁が静かな声で切り出した。嘘を言っているようには思えないが、それでも、春名や沼尾が森で会ったのが本当にサクちゃんだとしたら、サクちゃんは死んでいなかった、ということになる。
 だが、鋤や鍬で何度も貫かれ、血塗れになった子供が、その後回復して、成長したとは思えない。その大きな矛盾が解かれなければ、彼女の言葉を鵜呑みにしてしまうことは出来ないだろう。
 仁も、バスが事故を起こした時に、その少年に会っているのだが、彼が幽霊だったとは考えにくい。春名の言う通り、その少年と、森の中で会ったイサクが同じ少年なら、彼はどんな移動手段や感知能力を使って、木々の合間を移動しているのだか……。
「嘘か本当かはともかく、彼女が自分の記憶を信じている、ということは確かだ」
 春名は言った。
 でなければ、あれほど取り乱したりはしないだろう。
「だが、記憶は都合よく書き換えることが出来る」
 沼尾の言葉に、
「サクちゃんが殺された方が都合が良かった、という事実も見つけにくいだろう」
「逆だったこともあり得る」
「逆?」
「サクちゃんの方が、村の人たちを殺した、っていうことですね?」
 仁が、突拍子もない沼尾の見解を言葉にする。
「小さな子供が、複数の大人を? しかも武器一つ持っていないのに?」
「熊が化けてたとか」
「……」
 ――狸や狐じゃないんだから……。
 いや、狸や狐が本当に化けるかどうかも、ただの昔話であって、現実的ではない。。
「まあ、それは冗談ですけど、小さな子供が一人だった、と考えるよりも、森の中に大人がいて二人の様子を見守っていた、っていうことも考えられるんじゃないですか?」
 仁の多岐にわたる考え方に、感嘆したのは沼尾だった。
「凄いな、君は! 僕は今、自分がまだまだ民俗学を学ぶための頭の構造が硬いままだということを思い知らされたよ!」
 と、子供のように目を輝かせる。
 仁も、柄にもなく照れたりして……。可愛いものである。
 春名も仁の頭の良さは知っているが、それは子供の頃からのことなので、今さら改めて褒めることもなくなっていた。それだけに、沼尾の素直な感嘆が、自分の中の慣れを気づかせてくれたようでもあった。そして、
「もし、サクちゃんが一人ではなく、危険があるかも知れないと案じた大人が、武器を持って森に潜んでいたのだとしたら、村人が鍬を振り上げた途端に出て来るだろうな」
 形になって来た可能性を、春名は言った。
「そして、彼女は互いに殺し合う大人たちの姿を目の当たりにし、その場で返り血を浴びて真っ赤に染まるサクちゃんの姿を脳裏に鮮明に焼き付けた。――だから、彼女は、サクちゃんが殺されたのだ、という記憶を持ってしまった――、っていうのはどうですか?」
「それならあり得るな」
 ようやく、サクちゃんが無事に成長している理由は見つけられたが、それなら、その時に犠牲になった村人たちがいるはずである。里の人間も、無傷であったとは思えない。互いに武器を持っていたのなら。
「役場に行けば、その年の死亡記録が調べられますよね?」
「いや、まず医者に運ばれたとすれば、診療所にカルテが残っているかも知れない。大きな病院と違って、五年経ったら破棄、なんていうことはしていないだろうから」
「でも、見せてもらえるでしょうかね……?」
「取り敢えず、午後からでも診療所に行ってみよう。君の足のこともあるし」
 そんな訳で、何とか納得できる筋書きは作れたのだが……。
「そもそもの、村と森の対立の理由は何だったんだろう?」


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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