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Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 26
しおりを挟む「小春ちゃん、あの森にいた『サクちゃん』というのは、君が『殺された』と言っていた『サクちゃん』なのかい?」
無事に入浴も済み、服も笙子が送ってくれた新しいものに着替えた小春に、沼尾が訊いた。
「……子供の頃、サクちゃんが殺されるのを見たの。――ううん、見たと思ってた。――でも、サクちゃんは生きていて……自分でも、小さい頃の記憶が何なのかわからない」
心底、戸惑っている様子だった。
「でも、彼と会うのは今回が初めてじゃないんだろう?」
森の中での二人の様子を思い出しながら、春名は訊いた。二人は、特に再会を驚くでもなく、ただ当たり前のことのように話していたのだ。
「お母さんが死んで悲しくて、正気に戻った時、森に行ったの。――サクちゃんがいた。あの時みたいに、山査子の木の向こうから、泣いている私を心配そうに見てた。だから、もう一度森に行ってみたの……」
「お母さんは、森で?」
父親と同じように熊に襲われた(とされている)のだろうか、と思ったのだが、
「癌で……。きっと私が心配をかけたから――」
「心配のし過ぎで癌になることはないよ。第一、子供の心配をするのが親の役目なんだからね」
「……ありがとう」
きっと彼女は狂気に取り憑かれたフリをしていたために、こんな風に相談に乗ってもらったり、慰めてもらえる相手もいなかったのだろう。
だが、それなら彼女は何故、母親の死で正気に戻った後も、心を患ったフリを続けていたのだろうか。
春名が訊くと、
「サクちゃんが、もう森へ来ちゃダメだ、って――。村の子供たちも、大人にひどく怒られるから、もう誰もあそこへは近づかなくなっていて……。正気の私が出かけたら、皆、何処へ出かけるのか勘ぐるでしょ? でも、頭のおかしい私が出歩いていても、みんな気にも留めないし、声もかけて来ないし――。便利だったの」
「そうまでして、あの森に?」
「どうしても、自分の見たものが何だったのか確かめたかったから……」
「何を見たのか話してくれるかい? 昨日のように過呼吸になりそうだったら、そこで中断して構わない」
春名の言葉に、小春は息を整えるようにして話し始めた。
「サクちゃんは、かごめかごめの歌の意味を知りたがっていたの。『これはきっと自分たちの里の歌なんだ』って言って」
「彼らは籠の中の鳥だと?」
「多分……。だから『夜明けの晩』『鶴と亀』『すべった』『後ろの正面』――そんな、どう解釈していいのかわからない歌の意味に、一生懸命だった。私も、サクちゃんと色々なことを話すのが楽しみだった。それで、夢中になり過ぎて、あの日は森から帰るのがおそくなって……」
ぎゅっと指を結んで、小春が言った。懸命に、あの日の記憶から逃げまいとしているのだろう。
「……気が付いたら、村の大人たちが小川を越えて森の傍に来ていて、ものすごい剣幕で怒られて……。私は無理やりお父さんに抱えられて……小川のこちら側に連れ戻されて……。サクちゃんのことが心配で……。『サクちゃんを怒らないで』『サクちゃんを叩かないで』って……」
呼吸は整えようとしても儘ならないようで、そこで少し言葉は止まった。
急かすつもりはなかったが、春名は小春が言えずにいる言葉を確認するように先に言った。
「村の人たちが、サクちゃん――そんな小さい子供を殺したのかい?」
コクリ、と小春はうなずいた。
「お父さんは私に見せないように抱えてたけど……肩越しに少し見えたの……。みんなが鋤や鍬を振り上げて……蹲るサクちゃんを何度も……。血飛沫が――。サクちゃんが真っ赤に染まって! 緑の草が真っ赤に染まって! 何度も何度も鍬が振り下ろされて――っ」
「解った! もういい! もう話さなくてもいい!」
興奮状態になる小春の肩を強く掴み、春名は信じられない光景を脳裏に刻みながら、言葉を止めた。
そう。普通なら、そんなことなど信じられるはずもない。大の大人たちが寄ってたかって、小さな子供を殺してしまうなど――。しかも、その殺し方も異常過ぎる。無抵抗な子供を相手に、何度も何度も鍬や鋤を突き立てるなど――。体が真っ赤に染まり、辺りの草も血塗れになるほどに――。ただ小さく蹲っているだけの子供に……。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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