可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 25

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 沼尾の姿は、森の外になかった。春名たちより奥にいたために戻るのに時間がかかっているのか、それとも、イサクの言葉を聞かずに、まだ森の中を探っているのか……。
「ご心配をおかけしたようですみません。小春ちゃんは無事に連れて戻りました」
 春名が言うと、村人たちは渋い顔をしていたが、あからさまに春名を責めるようなことはしなかった。
 だが、沼尾のことを忘れてはいないらしく、
「もう一人の寺の客は?」
「――。追って戻って来ます」
 断言したが、春名にも、沼尾が戻って来るかどうかは判らなかった。
 だが、戻って来るだろうと思っていた。イサクの言葉は真剣そのものだったし、それが解らないような男ではないだろう、と思っていたのだ。。春名が、イサクの真摯な言葉に逆らえなかったように、沼尾もまた、同じだろうと。
 もし、戻って来れないことがあるとしたら、森の中で迷ってしまった時で……。最初から森に入るつもりだったのだから、その辺りの準備はしていたと思うのだが。
 村人たちからも、森の中からも、事の成り行きをじっと見守る気配がしていた。そして、五分もすると――、
「沼尾先生!」
 やはり若くて目がいいのか、仁が一番にその姿を見つけた。
 小春にも見えていたのか、全身で息をつくように、ホッとするのが見て取れた。もちろん、村人たちの手前、あからさまに正気のフリは出来ないだろうが。
 春名は沼尾と目配せをし、森の中で出会った少年のことはここでは口にするな、ということを確認し合った。
 村人たちは、
「もう二度と入らんでください」
「今度やったら、出て行ってもらいますよ」
 と睨みつけ、苦々しい顔で帰って行った。
 何とかこの場は収まったのだ。
「さあ、送りますよ。僕も診療所を開けないと」




 榧野医師の車で送ってもらい、寺へと戻って来た四人は、この村の人たちが隠している秘密について、互いの情報を出し合った。
 まず、仁が村人たちから『熊の獣害』と聞いていた事実は疑わしく、里の住人の存在を隠すための言い訳であろう、ということ。
 だとすると、小春の父親が熊に殺された、という事実も疑ってかからなくてはならない。
 だが、それなら誰が殺したのか。
 今判っている事実は、森には、村の人々と対立する誰かが住んでいる、ということ。
 そして、小春の精神は、普段は全く正常なのだ、ということ。
「いやあ、全然気が付かなかったよ」
 普通に話をする小春の様子を見て、沼尾が照れるように頭を掻いた。過去には医者であったのに見抜けなかった、という恥ずかしさもあるのだろう。
 だが、目に見える傷と違って、心の病は見極めることが難しい。常識のないことを言う、またはする、皆と違うことをする、理解不能な言動に出る――それらは全て故意に出来ることでもあるため、誰もが精神病を装うことが出来る。もちろん、咄嗟の言動に正気が垣間見えて、沼尾を追う小春の様子に、春名が気づいたのもそのためだが。
「あの……」
 小春が照れ臭そうに口火を切り、
「お風呂に入ってもいいですか?」
 それはそうだろう。少なくとも、この寺で沼尾の行動を見張り始めてからは、お風呂に入ることが出来なかったのだから。その辺りはやはり、女の子である。
「すぐに用意するよ」
 男三人、これで、悩みの一つは消えてなくなったわけである……。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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