312 / 350
Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 20
しおりを挟む「大丈夫か?」
倒れそうなのは春名も同じだが、今は小春の方が心配である。
「止め……ないと……」
荒い呼吸で、小春が言った。どうやら擦り傷程度で済んだようだが、肩で呼吸をしながら立ち上がり、まだ前へ進もうとする。
「森がどこなのかは知らないが、ずっと走り続けるのは無理だ」
「サクちゃんが……」
「サクちゃん? サクちゃんは生きているのか?」
「……」
小春は無言で、道を辿った。
「君は、今、正気だね?」
「……」
その問いかけにも応えない。
「森に何があるんだ?」
横に並んで春名が訊くと、
「お願い、何も訊かないで……。私がまともだと知られたら、自由に歩けない……」
本当に小さな声で、周囲を気にするように、小春が言った。
朝のためか村は静かだが――いや、この小さな村は、いつもこんなものなのかも知れない。街のオフィス街ではないのだから、通勤、通学時間帯でもなければ、人通りもないのだろう。もう少しすれば、田んぼや畑に農作業をする村人たちが訪れるのかも知れないが。
「――解った」
春名は、今は何も訊くのをやめ、速足で歩き続ける小春の後に、ただ続いた。
森、というのだから、村の外れにでもあるのだろう。寺も外れと言えば外れだが、あそこは山なので、その先がないだけに過ぎない。
森の中には何があるというのだろうか……。
サクちゃんたちが住む里があるのだとしたら、何故、その森はこの村の人たちから禁忌とされているのだろうか。
山と田畑に挟まれる道を時には駆け、速足で進んでいると、背後から車のクラクションの音が聞こえた。
振り返ると――、
「先生! 乗ってください!」
仁が助手席から顔を出した。
見れば、運転席には、昨日、世話になった榧野医師が乗っている。車も見覚えのある往診車だった。
「診療所を開ける前に、寺に寄ってみたんだよ。ひどく腫れていたから、熱が出ていないかと思ってね」
春名が後部座席に小春と一緒に乗り込むと、榧野医師がその時の状況を口にした。仁の様子を見に寺へ行き、そこで、有無を言わさず車で森へ連れて行くように言われたのだと。
「別に僕は無理に頼んでなんかいませんよ。榧野先生に『一人?』って訊かれたから、皆が森へ行ったことを伝えただけです」
自分一人が蚊帳の外に置かれる不満もあったのだろう。榧野医師と仁の言い分は、まあ、半分半分に聞いておくとして、
「榧野先生は、その森をご存じなんですか?」
特に道を尋ねるでもなく運転をする榧野医師に、春名は訊いた。
「春になると白い花が一斉に咲く所でしょう? 赴任してきた時に、ドライブがてら村を見て回って、思わず車を止めましたよ」
「そのまま、森の中へ?」
「中? いいえ。小川越しに花を眺めただけですよ」
「――そうですか」
まあ、花の見事さに車を降りたとしても、普通は眺めるだけで終わるだろう。好き好んで鬱蒼とした森の中へ入ろうとはしないはずだ。
小春は聞いているのかいないのか――いや、聞いているだろう。ぼんやりと窓の外を眺めるように、いつもの空虚な顔で座っていた。
そして、車はすぐに森へと着いた。
0
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


フリー台詞・台本集
小夜時雨
ライト文芸
フリーの台詞や台本を置いています。ご自由にお使いください。
人称を変えたり、語尾を変えるなどOKです。
題名の横に、構成人数や男女といった表示がありますが、一人二役でも、男二人、女二人、など好きなように組み合わせてもらっても構いません。
また、許可を取らなくても構いませんが、動画にしたり、配信した場合は聴きに行ってみたいので、教えてもらえるとすごく嬉しいです!また、使用する際はリンクを貼ってください。
※二次配布や自作発言は禁止ですのでお願いします。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる