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Karte.13 籠の中の可不可―夜明

籠の中の可不可―夜明 17

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「――どうだったんですか?」
 沼尾の話を聞いて、仁はその先を問いかけた。そうやって村の人たちにこの少女――小春のことを訊ねたのに、その小春がまだここにいるということは……。
「それが、この子の両親は、二人とももう亡くなっているらしいんだ」
 沼尾は言った。
「亡くなって? じゃあ、親戚の誰かが面倒を見ているんですか?」
 小さな村なのだから、親類縁者もきっと何軒かあるだろう。
「面倒をみていることはみているんだが……食べ物を届けに行ったり、様子を見に行ったり、というだけで、この子は両親が死んだ家で一人で暮らしているそうだ」
「一人で?」
 その言葉には、春名も口を挟まずにはいられなかったようで(笙子の元恋人だからと言って、わざと沼尾を無視をしていたわけではない)、
「無理だろう、あんな状態で?」
 少し自分を取り戻したとはいえ、とても誰かの助けなしに暮らしていられるとは思えない。
「父親の葬儀は、僕が来る二日前に終わった所だったんだ。だから、それまでは父親と暮らしていた訳で――。一人でいたのはそう長い間じゃなかったんだよ」
「それにしても、何故、親戚たちは彼女を一人残して、さっさと――」
 そこまで言って、春名は事情を察して言葉を止めた。
「殺されかけたのは、俺たちだけじゃないのか?」
「その通り。皆に襲い掛かる訳じゃないようだけど、今のところ、大人の男がいる家に連れて行くのは無理らしい」
「女子供は襲わないわけか」
 事実、襲われなかった仁の方を見て、春名は言った。
「ああ。だから、男親のいる親戚の家で面倒をみる訳にも行かず、叔母たちが食事を持って行っていたらしい」
「病院へは?」
 その言葉には、沼尾は首を振った。
 それはそうだろう。小春を病院へ連れて行けば、『サクちゃんを殺した罪』が暴かれるかも知れない。もしそれが、彼女の妄想などではなく、村の誰かがサクちゃんを殺したのだとすれば……。
「彼女が言った『サクちゃん』のことは?」
「そんな子供のことは知らない、とさ」
「……」
 人一人の存在を消し去ることなど不可能である。役所へ行けばその存在が証明されるし、そうでなくとも、村の誰かが必ず知っているはずである。沼尾が話を訊いた人物や、彼女の肉親がいくら隠そうとしても――。
「――でも、先生、その『サクちゃん』が本当に殺されたのなら、その子の両親が黙っていないんじゃないですか?」
 二人の話を訊いていた仁が、小春の妄想である可能性を口にする。
 確かに、自分の子供を殺されて、口を噤んでいる親はいないだろう。
「そもそも、森の奥に里があるのかどうか……。あったとして、この村の住人と、その里の住人は、何故、交流を断っているのか――」
「何かトラブルでもあったんでしょうかねぇ」
 考えていても埒が明かないので、一旦ここはお開きにして、荷物をほどいて寝泊まりできるように部屋を整え、簡単なレトルトの食事を用意し、風呂の準備をし……。
「――彼女、何日もお風呂に入ってそうにないですよね?」
 ボサボサの髪と、着替えた様子のない服を思い出すようにしながら、仁が言った。
「そうなんだよ。僕が一緒に入れる訳にも行かないし、一人で入らせるのも危険だし、それもあって笙子に来て欲しかったんだけど……」
 沼尾が、男ばかり三人に増えてしまった現状に、唇を曲げた。女の子の世話は、やはり女性が適役で、男がそれをしようとすると、変な目で見られることだって十分にある。
 その点、笙子なら女であるし、殺される心配もなく、彼女を風呂に入れてやることも出来ただろうに。
「親戚の誰かに頼めないのか?」
「ここに様子を見に来ることも、連れ戻すこともしないのに?」
「……」
 厄介払いが出来て、ホッとしているのかも知れない。
「まあ、風呂に入らないくらいで、死にはしないだろうが……」


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