何時もの

bossriki

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にわ

ことのは

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実耶は、2日後また、Darley Arabianにやってきた。
扉に雑然と掛けられた”OPEN”の看板を指差し、
『開いてんるんだね。よかった。』
実耶にとっては普通の時間でも最近は3時から夕方までBreakをとる店がほとんどだ。遅いブランチ食べられるのかな。
2回目となると躊躇わずに開けられる。
昼の明るさから、一転薄暗い空間が現れる。
『この1歩の違いが、時間を止める感じなんだよなー』
歩を進め店内に入ると、
「いらっしゃいませ」
マスターが声をかけてくれる。この間と同じだ。
店内は、ディスプレイにはNFLが流れている。
今日は、ボックスシートにカップルが座っている。
カウンターには右から2番目の席に年配のサラリーマン風の男性が珈琲を飲んでいる。
マスターはあの日とお水とおしぼりを持ってきて、
「2回目です。注文はフレンチトーストとコーヒーなんか出来ますか?」
「はい、かしこまりました。」
「コーヒーですがどんな感じですか? 苦いのが好きです。」
「酸味より苦味がお好きということですね。」
「はい、なんか酸っぱいのは苦手で。あとマスターここのディスプレイは決まったものだけ流しているんですか?」
「そんなことはないですよ。音楽と映像、映像と音声決まってません。何か見たいものありますか?どんなかんじですか?」
といつもの質問を投げかけてくる。
「先日流れていた、バイクのレースですけど、MOTOGPでしたよね。あれの音ありは見られますか?どのサーキットでも構いません。」
「ほーMOTO GPですか、女性でそのセレクトは初めてです。バイクに乗られるんですか?」
「乗りたいんです。免許取りに行かなきゃですけど。」
「今はすぐに取れますよ。教習所に行けば。ねぇ田沢さん。」
「そうです。簡単に取れます。私が、この歳で取れたんですから。」
カウンターで珈琲を飲んでいるサラリーマンが答えた。
「この歳って何歳なんですか?でも年齢関係あります?」
驚いた顔をして、きき返す。
「ありますよ。反射神経も含めて何かと若い時代と違いますから。悲しい現実です。でも乗り越しもし無かったですけど。
優しいんです。教習所は。マスターの時代と違って。うちの娘には冷たくあしらわれましたが。」
少し伏せ目がちにテーブルのカップを見つめながら。
「えっ?冷たく? お父さんがバイクに乗るなんて、かっこいいのに。」
こちらを見ないで、田沢さんは
「うちの子もあなた見たいならいいのですが、ちょうど高3で自分たちも免許取りに行く時期だったもので、若ぶってるのは痛いんだよね~~といわれました。」
マスターは繰り返すように
「痛い?」
「痛いですか?そんなことないのに。」
「その痛いはなんの痛いなんですか?」
マスターは頭の上に沢山のクエスチョンマークを浮かべながらそう言った。
「痛々しいの略ですかね。」
「なるほど、痛々しいですか。免許を取る、バイクに乗る、痛々しいですか。」
「歳をとるとやってはいけないことがあるんですね。バイクは若者のツールなんですかね。」
田沢さんは相変わらず実耶の方は向かず、カップにかたるように話し続けた。
「乗り出してみると、サービスエリアでもスタンドでも会うのは年寄りばかりです。若者に人気がなくなったバイクは今や、年寄りのツールなのに。痛々しいのです。」
「田沢さんはなんですか落ち込んでいる感じですね。明るいバイクの話なのに。」
マスターは少し落ち込み出した田沢さんに向かってそういうと
「すみません。偶然おもいだしました。あなたが、娘の年頃にちかいので。でも、バイクは最高に楽しい乗り物ですがね。」
マスターは実耶をみると、
MOTO GPのを流してから、フレンチトーストを作りにキッチンへ入る。
映像はパドックそして、グリットにつく前のライダーの様子を映し出す。おどけて手を振るのが恒例になりつつも
中には、撮影していることに気付いても表情を崩さないライダーもいまだに健在する。
実耶が画像に熱中し出したのはグリットについて時からだった。
左側の扉が開き、マスターはフレンチトーストを運んできた。
イギリスパンを5センチぐらいの厚みでスライスしてある。
真っ黒のプレートにそのイギリスパンが1枚分中央に盛り付けられ、粉糖が雪のように振りかけられている。
目の前に前に出された瞬間甘みのある、暖かい香りが立ち込めた。
「美味しそう! 」
「ごゆっくり、すぐに珈琲をお持ちしますか?」
「はい。おねがいします。」
ナイフとフォークを持ちながら、伝えた。
「おいし~」
つい声が出てしまう。
「こんなに、ふわふわなフレンチトースト初めてです。」
珈琲をドリップしながら、マスターは微笑んで軽く会釈した。
柔らかさは当然なのだが、他のお店のフレンチトーストは、むしろ水っぽ過ぎる感覚で、ビチャビチャといったひょうげんだ。 これは、明らかに、ふわふわなのだ。不思議だ。前回のオムライスといいフレンチトーストといい、マスターの腕は凄い。最近のカフェには、沢山の軽食が用意されているが、いろんな出し方でも、印象には残り辛いのだが、ここは、明らかに想像を上回る。そして、また、食べたくなる。この独特な雰囲気が良い意味で期待を裏切る。
マスターが二口目のフレンチトーストを頬張った時に珈琲を運んできてくれた。
立ち込める香り、ドリッパーに細いお湯が落ちる瞬間んから、立ち込めた香りとは若干違う。ソフトになった香り。口の中のフレンチトーストはあっという間に、溶けてなくなり珈琲をを早く飲みたい気持ちを助けてくれる。
少し持ったりとした形の陶器に注がれた珈琲を口に運ぶ前に。香りをかいでみる。
炭焼きではない、焙煎の香りでもしっかりとローストしてある香り。
一口飲んでみる。
「凄い。ぴったりです。マスター。感じ。」
マスターは微笑みながら、
「失礼ですが、お名前は?」
「はい、実耶です。加藤実耶です。加藤はふつうに加藤です。みのりの実に、有耶無耶の耶です。耳におおざとの耶です。実耶って呼んでください。みんなにそう呼ばれるので。」
「実耶さん。ですね。はいかしこまりました。豆の種類ですけど、クリスタルマウンテンは、酸味がかんじられるし、マンデリンを炭火でローストしたものも考えましたが、パンチがありすぎると、うちのフレンチトーストには強すぎるきがしましたので、雑味の少ないブラジルをイタリアンローストしたものにしました。クリアなポジションなのに、ローストでしっかりと苦味を出してあると思います。好みにあってよかったです。」
そう言って、マスターは微笑んだ。
「私は、周りの友達はみんな紅茶の方がとか、コーヒーはという人が多くて、ラテならね。っていう人がおおいんです。一度、ブラックの珈琲を飲んでいたら、おっさん臭いよ。変わってるよね。実耶ってといわれて引かれました。父が毎朝美味しそうに珈琲をお飲んでいるのを見て大人になったら私もブラックコーヒーにしよう。って思ったんです。お父さん子なので、沢山の珈琲の本を読んで勉強しました。その本を見た友達にこんどは実耶痛いよそれ!って言われてその友達とはその後つきあわなくなりました。」
「それは正解です。嗜好品は立ち入ってはいけないエリアです。触れた時は優しく聞いてあげるだけで充分ですよね。無理に迎合されてもなんですよね。」
「そうそう、そうですよね。本当にがっかりして、付き合わなくなりました。それはともかく、これ凄いマッチングです。きゅうきょくですよ。マスター」
「褒めすぎですよ実耶さんは。でも、ありがとうございます。これも、私の嗜好品に対するイメージの押し付けなんですけど。でも、その時も、痛いでしたか。」
「はい、痛いってあまり良い言葉じゃないですよね。聞いてて、嫌な響きなんです。きもいとかもそうですけど、スラングではないですし、なんか、日本語の綺麗さを台無しにする感じに思えます。」
「そうですね、娘からその言葉を聞いた時私もそう思いました。以前はそんな使い方をしていたかったので。でも、確固たる裏付けがないので。たしなめるのも嫌がられそうですから。」
「最近の女性がおいしいものを、頬張った瞬間に《うまい》と言われると、残念にかんじます。実耶さんはおいしいでした。」
「嬉しいですね。美味しいという女性。うちの娘は、うまいって言ってました。妻に怒られてましたが。聞きやしない感じでしたが。」
田沢さんが、そう話し終えるところに、麻希が入ってきた。
「こんにちは。あれ~この間の」
「こんにちは実耶です。加藤実耶です。麻希さんですよね。」
「実耶ちゃんね、気に入ったのこの店。良いでしょう。結構。穴場よね。マスター炭焼きの珈琲をください。パンチのあるやつ。」
「荒れてますね。かしこまりました。」
右端の指定席に座ると、苛立ちながら髪をかきあげ、
「マスター聞いてよー。 全く最近の若者達は。うちの、ベテランの女性い仕事を頼まれて、いゃ~無理ですよ。竹田さんみたいに仕事命じゃないんですから。朝から、夜遅くまで、働き通して痛すぎますよ。ですって。」
「それで、どうしました? 」
「竹田さんは少し涙ぐむし、頭にきたから私は頭ひっぱたきました。その子ようやく目が覚めて平謝り。遅いっつーの。なんですよねデリカシーがないのかね。」
「そちらも、痛いですか。」
「ここも、その話で持ちきりでした。日本語の美しい使い方についてです。」
「私は、まぁ流行り言葉や時代の造語はありだと思うけどね、デリカシーが無いのは無しでしょう。人として。」
「痛いはすごく排他的な言葉ですね。」
田沢さんが呟くように言った。
「田沢さんの周りもなの?」
「っていうか、うちの娘ですから。」
「あら、複雑な気持ちですね。」
マスターは、麻希の前に珈琲を置いた。
「でも頭を叩くなんて今時、思い切りますね。その子とはいつもそんな感じで小突くんです。なんか、現代人の悪い代表者みたいですから。根は悪く無いのかもしれないけど、やり得は許さないのわたし。」
「痛い、きもい、女性のうまいについて、はなしていました。」
「女性ののうまい?」
「これは、男性側の悲しいかな理想ですかね。一連の言葉を少なくとも女性の口から聞きたく無い。気がします。」
「確かに、綺麗な言葉の方がいいですよね。わたしはガサツですから、たまにうまいなんて言ってします。実耶ちゃんは?」
遮るようにマスターは
「さっき、しっかりと、おいしいって言ってくれました。」
嬉しそうに話す。
「わたしも、たまにみんなに合わせて、きもいとか言わなきゃいけない場面があります。」
「だろうね、流行り言葉を使わないと必然仲間からはみ出す風潮はあるよね。私の周りもそんな話し方の女の子は多いですよ。」
「文化レベルは感じますよね。知っている上で使用をしてくれる人になって欲しいですね。」
「とくに、ベテランのスタッフに若い子がいうのは遠慮願いたいですね。40代すぎるとやはりデリケートな部分あるよね。」
「いらっしゃいませ。」
若いカップルが入ってきて、右のボックスシートに座った。
「だろ、店だった。まえから気にはなってたんだよね。」
「この機械何?」
「知らない。多分、これって音楽ななる機械だよ。」
水とおしぼりを持ったマスターが
「はい、ジュークボックスといって、昔のレコードというものを再生する機械です。」
「へーレコードプレーヤーなんだ。デカイ。」
「うけるーデカすぎ。」
マスターはカウンターに戻る。
実耶の前に立ち、
「うける、だそうです。」
と微笑みかける。
「私も前回からわからなかったんです。あの機械。でも聞けなかった。特に受けませんが。」
と微笑み返した。
「あの機械もそうですが、時代を経ると変わっていきますよね。ことのはも。」と、マスターはグラスを拭きながらつぶやいた。
「ことのは、ですか。」
田沢も、繰り返した。
「いい響きですよね。ことのは。」
麻希も、遠くを眺める目でつぶやいた









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