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89.ある少年の怒り

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 身内に対してとても甘いクレアは倫理観のない手紙に割と本気でぷっつんきていた。自分への「二人で共有してあげるから安心してうちにおいで!」も「は?」と思っていたけれど、クレアが本気で怒ったのは次の二つの文だった。


「我々にかかれば悪虐非道なマーリンとかいう魔導師くらい、手を捻るかのように容易い」


 クレアはマーリンのことを少しの迷いもなくクズだと思っているし、その行いを知っている。女にだらしがないし、性格には結構どころかかなり難がある。
 けれど、クレアは誠に面倒なことにマーリンの魔法への真摯さと、自分を一人前の魔導師と育て上げたその実力だけは信用していた。

 要するに、「貴様等如きが我が師に敵うと思ってるのか」という怒りである。
 師の人間性を割とボロっカスに貶すクレアだが、それを他の人間に言われると気に食わないのだった。家族の愚痴を自分が言うのはいいけれど良く知りもしない他人に言われると腹が立つという感じかもしれない。

 そして、もう一つ腹を立てているのは、二人のメイドも我々で可愛がってやる、といった内容の文である。
 何様だコイツらは、とクレアの堪忍袋の尾が切れた。

 最も、一番最初のアレで怒ってもよかっただろうと話を知っている女王アレクサンドラは思ったけれど、クレアは自分のことに関してはそんなに怒りはなかった。「ああ、また何か言っているな」くらいである。
 比較的温厚なクレアに「色狂い」やら「嗜虐趣味」などと非難されるのはゼーン皇国にいる双子の魔導師である。魔法の力に重きを置くその国では、人間性は最悪なのに国の中枢で権力を思うまま奮っている。
 皇帝は強い魔導師や魔法使いに怯えて役に立たず、すでに国の象徴に過ぎない。そもそも皇族自体、意に沿わぬ動きをした者は彼らの手で処断されているとも噂される。
 私欲のためにより強い魔導師を産ませ、育てさせて、権力を持って好き勝手しようとする連中だ。そのために強い能力を持った女の胎を求めたに過ぎないことは予想できた。

 クレアが予想できなかったのは、自分が怒りマックスでなんとかしてやろうと策を練っていたら思いの外自分以外でブチギレている者が多かった点である。
 クレアが意気揚々と双子の魔導師の排除計画を話して旅立とうとしていたら、なぜか師匠に全力で止められた。


 その三日後。
 例のメイドも云々でキレた勇者が魔王もかくやというという形相でドラゴレインとレオニールの支援を受けた上で双子の魔導師の顔面をボッコボコにして簀巻きにした上、魔力を遮断する魔道具をマーリンから買い取ってガッツリ装着した状態で連れて帰ってきた。


「クロエさんに手ぇ出そうなんて、絶対許せん」

「恋する勇者に喧嘩売るなんて馬鹿な奴等だなぁ!?」


 部下の背をバシバシと叩きながら「お前たちもそう思うだろ!」と後ろで腹を抱えて笑う赤毛の男に呆然としながら、クレアは師の呆れたような声を聞いた。
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