上 下
88 / 90

88.不快な手紙

しおりを挟む



 クレア個人としては勇者一行として行かされた旅の思い出というものはおおよそ良くないものだ。
 なぜなら一緒に旅した元勇者たちの人格が正直あまり良くなかったし、性的な接待を持ちかけてくる人間にも出会ったことがある。あと、危険な事があれば彼女が真っ先に矢面に立たされた。

 クレアはあくまでも割と普通の感覚を持っていると自認しているので、やばい案件に巻き込まれそうな住民たちを逃がそうと努力していた。それでもクレアはあの国の出身だと言うだけで忠告をしたというのに信用されず、めちゃくちゃ石とか投げられて罵倒された経験もある。何故か自分達の領主や国主が、自分達を見捨てるわけがないと思っている者も多かった。
 その時点で勇者一行としてそれなりの成果も上げていた。クレアはだからこそ見捨てる決断をするだろうと思っていたけれど、「いや、見捨てるぞ」なんて彼らに言えるわけもなく、蹂躙される町や村を見たこともそれなりにあった。

 そんなわけで、魔族が襲ったということにして美しい人間を種族問わず囲い込むことが常態化していた祖国とかクレアは今でも本当に嫌いだった。もう国としてそういう腐った形態になっていたので滅びてよかったと思っている。


「ご主人様は旅の思い出など話してくださいませんけれど、どうしてでしょうか」

「思い出よりも嫌だったこととかのが多いんじゃねぇか?俺たちとの暮らしの話はちょくちょく話すじゃねぇか」


 クロエはモップにもたれかかりながらソフィーに「森での話とかな」と付け足した。それもそうだ、と思ったのかソフィーは少し難しい顔をする。その手に持っているのは明らかにいい紙を使って出された蝋で封じられた手紙である。その紋章はゼーン皇国のものである。


「ソフィー、クロエ」


 彼女たちは愛しいご主人様の声を聞いて顔を上げる。それと同時に、珍しくこのドラゴレインの女王に与えられた魔導師の正装を纏っていることに気がついて真顔になった。


「その不快な手紙について陛下より話があるらしい。城へ行く」


 最初はその手紙は王家の手で止められていたがあまりにもしつこく送りつけられるのでクレアは一度宰相等の立ち合いの元手紙を読んでいる。
 中身は婚姻の話であった。


「あの色狂いと嗜虐趣味、トチ狂った手紙を何通も送りつけてきてどういうつもりだろうな?」


 声から不機嫌さが滲み出している。師であるマーリンさえ、少し対応に困っているようだった。


「まぁ、クレアに何か起ころうものなら僕が滅ぼしてあげるから」


 苦笑しながら出る発言に、クロエが頭が痛いというような顔をしたが、続くクレアのセリフにそんな「それはやりすぎだ、この弟子馬鹿め」みたいな感想は吹っ飛んだ。


「じゃあ、一緒に城でも燃やしに行きますか?」


 普段から比較的温和なご主人様より発せられた言葉にメイド二人は息を呑んだ。


「どんだけ不快な手紙を書けば、ご主人にあんな声出させるんだよ」

「同感です」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

完結 幽閉された王女

音爽(ネソウ)
ファンタジー
愛らしく育った王女には秘密があった。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...