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52.再会とある亡国の一幕
しおりを挟むクレアやドラゴレインの女王アレクサンドラの勧めであてがわれた家。たまにクロエやユウタが訪ねてくるくらいのその家の扉を叩く音が聞こえた。今までに聞いたことない叩き方だ、とリヒトが警戒していると、段々と苛立ったような叩き方になってきた。最終的に「返事ぐらいなさい!愚弟!!」という聞き覚えのある声が聞こえて、ようやく扉を開いた。
「お前はなぜ、感動の再会の場面でわざわざ私を怒らせるのかしら!?」
「待て待て、姉上!こっちは怪我人と声が出ない妹を抱えているんだぞ!?普通警戒するだろうが!!」
「愛する姉の気配くらい感じ取りなさい」
「無理を言わないでください!!」
いきなり現れた姉に驚いたような顔はしたけれど、久しぶりの姉兄の喧嘩を見ながら、シャルロッテは嬉しそうに笑っていた。
家の外で青藍の髪の男と、赤髪の少女は立っていた。説明しろなどとは言わない。「ああ、やったんだなぁ。我が師」くらいの感想である。それくらいクレアは元いた国に関心がなかった。
「今のコルツ王国、見るかい?」
「興味がないです」
くるくると赤い髪を指に巻いては解く弟子を見ながらマーリンは満足そうに頷いた。あんな国に興味なんて持たなくて良いというのがマーリンの本音だ。クレアは優しいから助けてしまうだろうなとの考えもある。
しかし、クレアが考えていたのはもっと単純なものであったりする。どうせ、師が好き勝手やってるんだからどうしようもないだろう、というやつだ。手の施しようがないのに助けに行くのは迷惑であるし、コルツ王国にだけ関していえば、征服された方がよほど良い国になるだろうという何とも言えない気持ちもあった。
だから師が勝手に連れてきたルナマリアを見ても、「せめて事前に相談をですね…」くらいの小言で終わっていたりする。ルナマリア本人には、「魔導師、お前はもう少しこれになんとか言ったほうが良いわよ」と言われた。
(この人、うるさく言いすぎても全く知らんところで暗躍するからな。その方が厄介だ)
クレアも流石にちょっと、と思うことはある程度マーリンと相談することもある。今回は放置であったが、情状酌量の余地がある出来事に関しては説得も試みるし手助けもする。
「クレア」
「なんですか」
「土地が欲しいなら融通は利くし、お前の弟子も場合によっては便宜を図ることができるが」
「私はここで十分良くしていただいていますが……。ああ、あの国の森の気候で育ちやすい薬草があるので、管理人を置いて育ててもらえるとありがたいです」
思いつきで言ったであろう言葉にマーリンは楽しそうに頷いた。ひどく優しい声で「植えるものをリストアップしておいて」というお言葉付きだ。
その態度を怪訝には思ったけれど、クレアには害はないので「師が言うのであれば」と頷いた。
後日、危ない土地に何名かの元コルツ王国の人間が配置された。魔物も出る危険な森に自分の武器のみを持って入ることを許可された彼らは、育てるのに手間の要る繊細な薬草の苗を渡される。
「これを枯らしたやつから順番に処刑しよう」
歌うような声で楽しそうに言うのは悪魔。その言葉が本当であることは身をもって知っている。錯乱する妻を見ながら元勇者一行の戦士は口の端を噛んだ。こんなはずではなかった、と。
所属する冒険者を募っても、なかなか人数が集まらないとは思っていた。魔王を倒したというのにその威光にあやかりたいと思う冒険者は少なかった。それはそうだ。彼は気づいていないけれど、彼らと旅した平民の女の子がどうなったかなんてすぐに知られている。感情を凍らせて、逃げるように王都を離れた元同業者。危険に対する平民の冒険者の情報の伝達は早かった。
自然、そこに入るのは継ぐもののない貴族の次男以降。すぐに使い物になるはずもなかった。むしろ、騎士に登用されなかったような人間も入ってきて質は良くなかった。
そこにきてのレオニール王国の侵攻。
王命で戦わされて、命を散らしたものは多い。その報酬に目が眩み、勇者以上の戦果を立てようと自分の腕に見合わぬ相手に挑んだ者がたくさんいた。
結果、彼らも含めて奴隷のように引きずられ、妙な仕事を充てがわれている。
「ここの薬草は、青藍の悪魔より悪魔らしい魔導師からの預かり物だ。雑に扱っても鞭打ちを行う」
犬か狼の獣人が鞭を鳴らす。感情は表情から読み取れはしないが、抉れた地面に女は悲鳴を上げて夫に抱きついた。
いけ、と悪魔が言うとのろのろと作業に移りだす。まだ見張の数は多く、逃げられないと多くが従った。
元戦士はぞくりとしたものが背を伝って振り返る。それは美しい男が憎しみのこもった目で自分を見ているのがわかった。
「赤髪の魔導師様には申し訳ないが、早くあいつらがやらかしてくれないか、と思ってしまうな」
尖った耳、透けるような金の髪を持つ美しい男がそう呟くと、狼の獣人も「そうだな」と頷いた。
積み重なった怒りも憎しみも忘れられるわけはない。彼らは旅の途中のクレアにこっそり助けられたり、森に住んでいた頃のクレアに亡命の手伝いをしてもらった者たちだった。
ヒト族は好きではないが、助けられた恩も忘れてはいない。だから今彼らはじっと彼らを見つめている。
マーリンに彼らを押し付けられた悪魔もまた、その魂を舌舐めずりしながら見つめていた。堕ちた魂ほど美味なもの。たまには感謝をしてやっても良いかもしれない、なんて嘯きながら。
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