9 / 90
9.少女の良心を裏切り/救いと呼ぶ
しおりを挟むある日を境に、コルツ王国には異種族の奴隷があまり入ってこなくなった。それは、魔王を倒した勇者一行の一員である魔導師に辺境の森を与えた時期と一致する。
王は苛立っていた。
せっかく手に入れたエルフの王女はどんなに手を尽くそうと口を聞きすらしない。苛烈な炎のような瞳は美しいが、怒りを宿した目線は触れることすら躊躇わせる。
絶世の美女と噂だった妖精族の女王は勇者を向かわせる前に逃げ去っていた。
それも、もしやあの平民のせいか、と思うと苛立ちが募る。
せっかく“たかが平民”に財を与え、領地までくれてやったというのに自身に牙を剥いたのか。そう考えればあとは早かった。
「オーガスト・ブレイズを呼べ」
勇者を呼べと命じて、続いて聖女や戦士を呼び出す準備をした。その後で、クレアという赤髪に青い瞳の少女もまた、“それなりに見れる”見目をしていたことを思い出して口を歪める。
王から話を聞いたかつての仲間の行動に、彼らは裏切られたような顔をした。
どこからどう考えてもクレアの行動は倫理的にそう間違ってはいないのだが、その良心をこの国の貴族は理解できないし、それを裏切りと捉えた。それは教育が彼らのような考え方を作ったといえる。
一方で辺境の森を越えた先の竜の国。
狼の耳を持つ黒髪の少女がそこにある城の謁見の間にて槍を向けられていた。メイド服を着た少女は少し乱暴にその短い髪をガシガシと乱した。
(あー。ソフィーじゃなくて俺に頼んだご主人は正解だったぜ)
淑やかな外見に騙されがちではあるが、クロエよりもソフィーの方がだいぶ気が短い。今のような状況になれば主人を馬鹿にされたと多少暴れていたことが予想される。
とはいえ、クロエもそこまで気が長い方ではない。クレアからのお願いだから我慢ができている。むしろ、クレアのお願いでお利口にできるからお使いに出されたとも言える。そのあたり、クレアの人選はシビアだったともいえる。
「それで、妹は無事なのだろうな」
「俺が出てきた時は元気に林檎齧ってたぞ」
黒い髪に厳しい冬を思わせるアイスブルーの瞳。精悍な青年が赤い椅子に座ってクロエを見据えた。
「それで、その人間とやらは何が望みだ」
「早くあの嬢ちゃんを迎えに来てくれることだな」
手紙に書いてあるだろうに、と面倒そうに口に出す。信用されないというのは想像がついていた。でなければ殴りかかっていたかもしれない。
「あの国の人間が隷属もさせずに竜をそばに置くか?」
「うちのご主人は、そういうのにうんざりしてんだよなぁ」
奴隷商の食べ残しを荒んだ目で見ていたクレアを思い出してしみじみとそう言う。
その反応に思うところがあるのか、少し目の厳しさがマシになったと思った瞬間、美しい白銀の髪の美女が飛び出してきた。
「おまえ、その言葉に嘘はないな?」
「ない」
乱れた髪、血走った目で自らを落ち着けるようにそう問いかけた女は、「案内しろ」と噛み付くように言う。
「母上」
呆れたような声が謁見の間に響く。
「構わない。というか、本当にさっさと引き取ってほしいんだよ。こっちは。人間の生活区域と近い場所だから、何かあると責任取れねぇってご主人もボヤいてるしよ」
クロエがそう伝えれば、女は泣き崩れた。それを慰めるように青年はその背を撫でる。
「無事に娘が帰ってきたならば、褒美は望みのものをとらそう」
女はそう言うと光り輝く。次の瞬間、そこに現れたのは白銀の鱗持つ美しいドラゴンがそこにいた。
まだ娘が帰ってきていないが故にまだ何も言わないが、ドラゴンの女王は少女の良心を救いだと思った。愚かな人間に捕らえられ、隷属の魔道具に縛られてしまえば厄介だった。良心が少しでも残っている人間保護されていたのは幸運としか言いようがなかった。
彼女たちがそう思ってしまうほど、コルツ王国の人間は腐っていた。
クレアが聞けば「他国はもっとマシだよ」と言ったかもしれないが、この場に彼女はいない。人間の国を他に知るものはいなかったのでツッコミは入らなかった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる