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6.愛しいことば

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明くる日の朝、私は一晩実家で過ごして、そしてまた、馴染みすぎた道を歩いている。私には、向き合うべきことがある。怖くて目を逸らしたくて、逃げ出したい気持ちの方が圧倒的に大きい、そういうもの。


一軒の花屋の前で、立ち止まった。

去年の5月。
彷徨っていた私は、吸い寄せられるように此処へ来た。花が好きだった。きっかけはとても些細だったと思う。小学生の時に育てた朝顔が、つるを巻いて上へ上へ伸びて、蕾がついて、花が咲いて。毎日水をやればちゃんとそこに存在している力強い生命が、とても美しかった。

『桔帆すごいねえ!』

だけど結局、母が私の育てた花を見て喜んでくれたのが、1番嬉しかったのかもしれない。


一歩近づけば、店先で開店の準備をしていたその後ろ姿が何かに気づいたように振り向く。

「……梶ちゃん」

いつもの気さくで軽い声では無い。真剣な面持ちで近づく彼女の瞳は少し泣き腫らした痕があった。

「バイトお休みいただいてごめんなさい」

「そんなの良いから」

今日はシフトが入っていたけど、休みなさいと連絡をくれたのは昨日の晩だった。シノさんのことを、綾瀬から聞いたと説明してくれた。

「……ちょっと、待ってて」

仁美さんは私にそう言って、一度お店へ入る。そして慌ただしく戻った彼女の手の中には、──色とりどりの桔梗の花束があった。

「……あのね、梶ちゃん。私はこういう時、花屋で良かったって思うの。自分の大事な人に、うまく言葉が言えなくても。貴女を応援してるって、伝えられる。花には絶対、そういう力がある」

私に言いながら渡してくれる花束には、勿論ピンクも入っていた。あっさり滲む視界の中で、輪郭がぼやけてしまっても桔梗の花は、その鮮やかさを失わない。

「……梶ちゃん。桔梗、どう思う?」

なんともよく分からない質問だなと思う。だけど、その意図を知っている。

「とても、好きです。私の、1番好きな花です」

以前のように自分に似ているから好きでは無いなんて、答えを逸らしたりはしない。真っ直ぐに伝えて花束をぎゅ、と抱きしめて告げれば、彼女自身も蕾がほころぶように笑ってくれる。

「……仁美さん」

「ん?」

「今度は一緒に、夕飯を食べてみたいです」

まだ公園で夜を彷徨っていた頃、仁美さんは私に「お疲れ様」を告げるように、いつも夕飯へ誘った。そんな彼女を煩わしいと、私はいつだって跳ね除けて。シノさんの家に帰るようになって、誘いを受ける機会も無くなったけれど。私はあの頃の彼女が向けてくれる優しさに、いつも応えようとしなかった。

「……1年かかった」

「え?」

「やっと、梶ちゃんがツレなく無くなった」

そんな不思議な言い回しで、いつでもおいで、と笑って抱きしめてくれる。私は気恥ずかしくて、眉を潜めたくなったけど目の前の彼女につられるように口角を上げた。

深くお辞儀をして、花束の存在を確かめつつ、私はあの家の方向へ足を向ける。すると仁美さんは、私をもう一度呼んだ。

「…久遠君からの伝言ね、“待ってるから、早く帰って来い“だって」


どうしてかな。だけど、ずっと。低く掠れた声で常に不機嫌なあの男は、あの家で待ってくれている気がしていた。頷いて、歩き慣れたアスファルトを確かめるように一歩一歩、踏みしめながら進んだ。




昨日の雨が嘘のように、軽やかな白い光が空を包んで、朝の訪れを喜んでいる。馴染みのある道を抜けて、日本瓦の屋根、杉板の壁面。古き良き日本家屋の要素を詰め込んだ、私の大事な場所。玄関の前には、脚の長さがやけに目立つ男が腕を組んで立っていた。


「……親子喧嘩は終わったかよ」

「そんな軽いもんじゃ無いし」

「軽いだろ。みんな経験する。なんてことないものだろ」

私の今までの褒められたものでは決して無い行動を、この男は不機嫌な顔と低く少し掠れた顔であっさり肯定する。

「──桔帆、おかえり」

そして、今までで1番優しい笑顔を見せた。





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