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2.ちぐはぐな友達
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しおりを挟む「梶。あたしさあ、ずっと梶に謝りたかった…っ、」
目の前まで物凄い速さで走ってきた亜久津は、私の前でボロボロ泣いている。いつだって自然体で、屈託無くあの教室で笑っていた亜久津が、顔をぐちゃぐちゃに濡らして、泣いている。
「……何で、亜久津が謝るの…?私、亜久津にどんだけ酷いことしてたか、分かってるでしょ…?」
「…え?」
「自分のイメージが崩れないように、そればっかりで、教室で亜久津のこと、庇うこともしない…っ、どれだけ狡くて最低か…っ」
思い出す度に、次々に隠していた古傷が痛んで苦しかった。どうしてこんなに簡単に人を傷つけて、平然と過ごしていたのか、自分自身に絶望したあの日を、忘れられない。
「…梶、ちがう。梶、あたし、嬉しかったんだよ…」
「え?」
「……あんなしょうもない理由で高校入って、あたしこんなんだし、高2になってもどうせみんな遠巻きに噂してるんだろうなって思ってた。それで平気って、思ってた。…でも、」
『その髪、何回ブリーチしてんの?』
「梶の言葉が嬉しかった。私自身のこと、本当に純粋に聞いてくれる人、あの学校にいると思わなかった…っ」
「っ、」
『梶さんは、人からの気持ちを受け取るのが下手だと思ってたけど。自分の与えた言葉が人にどう届いてるかを予想するのも下手なんだね』
シノさんの言葉が幾つも心につけた傷をじんわり撫でていく。亜久津が涙を雑に拭って、片方の手で私の袖を遠慮がちに掴んだ。
「…あんな、言葉が?」
「そうだよ。痺れたねあたしは」
「亜久津、絶対、変だよ」
「梶だって絶対変だよ。優等生極めるつもりなら、あたしのこと体育の時とか、チラチラ気にしたりしないでよね」
不服そうに目を細めながらゴシゴシと涙を拭う亜久津は、そんな風にお門違いに私を責める。
「だって、亜久津のこと、あの時も1人にした…」
「ぼっち生活長い女を舐めないでよ?あんなんでへこたれるなら、とっくに金髪も制服着崩すのもやめてる。周りはどうでも良い」
「……そっか」
やっぱり、亜久津は眩しい。出会った時から、きらきらと輝いて見えたと口角をあげたら、バツが悪そうに頬を掻く。
「…やっぱり、半分は嘘。他の奴はどうでも良い。梶があたしのことちゃんと認識してくれてたら、それで良い」
弱々しい声に変わって、亜久津がまた猫のような瞳を真っ赤に充血させて涙を溢す。
「あの日、私がライブやるって梶に言ったのは、本当は来て欲しかったからだよ」
私も「行きたい」って言いたかった。でもそんなこと言えなくて、けど気になって、結局行ってしまった。
「嬉しかった、来てくれて。だけどそのせいで梶、変な噂も立って…あたしが出会わなければ良かったのにな、って思ってた。頑張ってる梶を邪魔したいわけじゃなかった」
亜久津のいつもの声が、切なく震えている。私の袖を掴む手に、自分のものを恐る恐る重ねた。
今度こそ。今度こそ、私は、言えるかな。
──この温かい手を取りたい。
「……亜久津。私も、噂はどうでも良い。別に今更そんなことは良くて。でも、気になってたことはあるの」
「…?」
「亜久津、ごめんね。ずっと、亜久津のことを周りに隠すような態度を取ってごめん」
『傷つけたら謝ればいいじゃない』
そんな簡単に言わないでって、私はあの時シノさんに反発した。でも、そうだ。間違えたら謝るしか無い。失いたくないのなら、大事にしたいなら、ぶつかるしか無い。
「何それ。そんなことあたしも、どうでも良いよ」
赤くなった猫のような目を細める亜久津に、いよいよ自分の瞳からぽたりと大粒の水滴が落ちた。一度流せば、全く止まらなくなって、頬を無遠慮に濡らしていく。
「亜久津。私、今まで自分を偽ってばっかりだったけど。全然優等生じゃ無いし、取り柄も何もないけど。
──友達に、なってくれる?」
ずっと、言いたかった。もくもくと大きな抱えきれない雲のように膨らむ自分のイメージに私は1人で雁字搦めになっていたから。あの放課後の時間が、とても大切だった。
「……梶、勘違いしてる」
「え?」
「あたしが痺れたのは、別に勉強が出来るとか、凄いお兄さんが居る委員長の梶じゃない。みんなが嫌煙するような不良女に軽く話しかけてきたり、夜な夜なライブハウスに来たりする、そういう梶だよ?」
やっぱり梶、頭悪いんじゃないの?と歯を見せて笑う失礼な亜久津にもっと涙が出た。頬を濡らす暖かさを、同じくらい目の前で泣いている女の涙を、絶対に忘れたく無いと心に誓う。
「あたし高校で友達いないからさ」
「知ってる」
「うざ。自分もじゃん」
「…だから、友達って何すんのか分かんない」
「そんなの私も分かんない」
2人してぐずぐずの顔と声のまま道の真ん中で睨み合う。そこまで言って、あのお日様を思い出した。
「…名前」
「ん?」
「名前で、呼びあってみる?」
私の提案にきょとんとした顔の亜久津を見て、じわじわと顔が赤くなっていく。あの男は何であんな平然と恥ずかしげも無く提案してきたんだろう。小学生じゃあるまいし。
「……桔帆?」
「……り、りお?」
お互いで呼び合って、更に凄く恥ずかしくなってしまった。何これ、胸が無性に痒くて目の前の亜久津を見られない。でも、このむずむずした感覚が嫌じゃ無かった。
「桔帆……学校来てよ」
「、」
"こんな高校生活を、早く終えてしまいたい"
ずっと、思っていた。私の時間ならいくらでもあげる。時を刻むのは億劫だから、早く過ぎ去ってほしい。そう思っていた。
「高校なんてつまんないって思ってたけど、桔帆がいたら、もうちょっとマシかもしれないから」
鼻にかかるハスキーボイスで、自分の涙を豪快に手で拭う亜久津に、私はふと笑って確かに頷いた。
「──おい」
その瞬間、ずっと傍で聞いていたらしい男が腕を組んで私を呼ぶ。
「お前は早く帰って飯を作れ。血眼になって作れ」
先程までの余韻を台無しにする男の言葉に、私も亜久津も無言のまま冷めた目を向ける。
「……え、何、あんたがこいつのご飯作ってんの?」
「うん、今週中に上達しないと追い出される」
「どういう契約…?」
「── 2週間、居ても良いけど?」
長い脚が際立つパンツスタイルで近づきつつ、私に言い放った言葉に目を見開く。涼しげな顔はそのまま、口端が片方だけ上がった。
「え…」
触りこむ私たちの側でしゃがんで頬杖をつく男との契約は、「料理の腕が上がったら」だった筈だ。どういう風の吹き回しだろう。
「……もしかして、料理美味しかったですか」
「ふざけんな。お前の焼きそば、ほぼゴムだった」
「……」
「言っただろ。“俺に1個でもメリットがあったら“居ても良い」
「メリット、ありましたか」
「うん、面白かった。くされ青春群像?」
完全に、馬鹿にされている。腹が立ってぼろぼろの顔のまま睨めば、表情を隠すこと無くちゃんと崩して笑う男に、一瞬で目を奪われた。
この男は、そんな風にも笑えるの。
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