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2.ちぐはぐな友達

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◻︎

「桔帆……!」

焦りを多量に含んだ声で名前を呼ばれ、視線を向けると青ざめた顔の両親が居た。

私は、結局ライブハウスでソフトドリンクではなく、アルコールを口にしてしまっていたらしい。だけどその時対応したお姉さんが私の顔と「オレンジジュースを頼んだ」ことも覚えていてくれたから、手違いでお酒が私の手に渡ってしまったと言うことは、私と亜久津を見つけてくれた警察官達にもすぐに分かってもらえた。

でも向こうからしたら詳しい事実を把握するまでは、「夜のライブハウス前でお酒を飲んだ女子高生が座り込んでいる」という事実は、何も嘘では無い。交番へと連れて行かれた私と亜久津は、ただじっと沈黙の中で隣同士に座っていた。その沈黙を破るようにやってきた私の両親を見て、嘘を吐いて出かけたことにも、こんな夜に迎えに来させたことも罪悪感が募って溢れそうだった。恐らく家に電話が入った時点で、事情は聞かされているのだろうけど、まずは謝罪しなければと立ち上がった私と目を合わせた母は、怒りというよりも、不安に支配された瞳でこちらを見つめていた。

「……お母さん?」

初めて向けられるその視線に、私の呼びかけは頼りなく夜を彷徨う。


「…隣は、お友達?」

そして私の隣で座っていた亜久津を一瞥して、問う。
その声さえも、酷く戸惑っているようだった。それはそうだ、今まで高校の友人だと紹介した中に亜久津は一度だって出てきたことは無い。

“友達“ ──そう、言っても良いのだろうか。


「……違います。私は娘さんのクラスメイトでどうしようもない問題児なんです。委員長の梶さんは、偶然私が此処に夜な夜な出入りしていると知って、様子を見に来てくれただけです。梶さんは巻き込まれただけです。本当に申し訳ありません」

立ち上がった亜久津は、深々とお辞儀をしてハスキーボイスで告げる。

「……そう、なの?」

窺うような視線を向ける母に、私はなにも答えられない。

亜久津の否定が、心に刺さる。

「とにかく、ご両親もいらしたので今日はこれで。今後、お子さんの夜の外出については、十分気をつけてください」

警察官達の言葉を聞きながら、結局私は最後までその場で、亜久津にも母にも、何も伝えることはできなかった。





駐車場に車を停めている、と告げた父に誘導されるように歩く中で、私は隣にいる母を再び呼ぶ。やっぱりきちんと説明をしよう。亜久津は、友達じゃ無い。だけど、今日ライブハウスへ行ったのは紛れもなく私の意志だ。

「…お母さん」

「桔帆」

私の言葉を遮るように、そう呼ぶ母の声はやっぱり何処か不安気で。駅の高架下は、電車が通過していく音が空から降ってくるように響く。大きな音に紛れて消えてしまいそうな母の声と、ボリュームの上がり続ける心臓の音の不自然な重なりが、逃げ出したいくらいに居心地の悪さを生む。

「──桔帆は、大丈夫なのよね?」

「………え?」

あまりにも抽象的なその問いかけに歩みは自然と止まった。

「“ちゃんとした“高校生を、楽しんでるのよね?」

「……どういう意味…?」

「桔帆。頑張らなくて良い。何も、もう、頑張らないで。お願いだから、普通に生活して」

「、」

奥で困った顔で押し黙る父も、母と同じ意見なのだと分かった。足から力が抜けてしまいそうになるのを必死に耐える。


“頑張らなくて良い“
そう言われるたびに、私はどこか違和感があった。




嗚呼、そうか。

両親は、不安だったのだ。

いつか、優秀な橙生に敵うはずのない私がその圧に耐えきれず道を逸れて。問題を起こして、それをこうやって世間に見つかることが。兄の名誉に、傷が付いてしまうことが。

普通に生活をするって、何だろう。金髪アッシュの女と友達になることは、普通じゃ無い?高校の進学を「ギターを買ってもらえるから」で決めたと堂々と語る眩しい女は、普通じゃ無いのかな。


そう言いたくて、だけど。私は1番それを言えないと、気づいてしまった。


亜久津とは、教室で話をしたことは無い。
周囲の亜久津に対する評価はとても冷ややかだった。

──私、一度でも亜久津を庇ったことがあった?

『優秀な梶 桔帆ちゃんの意外な汚点に一同卒倒すんじゃん?』

「汚点」なんて言葉で自分を語る彼女に否定さえしない。自分の友人達が亜久津を悪く言ってる時さえ、笑顔でやり過ごす。バレーの授業でも、自分を守って結局、声さえかけなかった。

私は、最低だ。

本当は、亜久津と友達になりたかった、なんて。

───そんな滑稽なこと、一体どうやって言えるの?





そうして、次の日からの私の立ち位置は、突然ぐるりと変わった。

ライブハウスのあったあの駅には、大きな予備校がある。同じ高校の人間もたくさん通っているそこから、警官に囲まれる私と亜久津の写真がSNSを使って拡散された。
「他人と違う」ことは、方向性を誤ると容赦無い攻撃を受ける。それが総意だと自信を得てしまえば、より一層その攻撃は加速する。痛い程に分かっていたことが、ブーメランのように自分を襲った。

私は突然、“優秀な梶 桔帆“から“優秀な兄をもつ闇を抱えた妹“に成り下がった。


『桔帆って、そういえば夜のテレビの話とかいっつも乗ってこなかったよね』
『部活もしてないのに放課後何してるのか謎だった』
『もしかして私たちに黙って、ずっと夜は亜久津とかと一緒につるんでたってこと?』


あっさりと距離をとる「友人達」にも、笑えた。だけど、当たり前だとも思った。だって私も自分の膨らみすぎたイメージを前に「本当のこと」を誤魔化し続けた。偽ってきたツケが、こうして新たな疑惑を生む隙をつくったのだ。

興味本位と無責任な好奇心で、どんどん先行する噂。それにばかり振り回されて、簡単に亜久津を傷をつけてきた自分に辟易として、絶望した。




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