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2.ちぐはぐな友達
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「おせえ」
玄関の引き戸を開ければ、こちらを見下ろす男が偉そうに仁王立ちしている。白いTシャツにアンクル丈の黒いパンツという粗雑な身のこなしのくせに、脚の長さが嫌でも伝わる。腹が減ったとぼやく男は、いつものように機嫌が悪そうだ。お前は幼児かと言いたいけど、言ったら確実に追い出されるので踏みとどまった。
「部屋にこもるから、飯だけ届けに来て」
「……」
面倒だな、という顔を惜しげも無く見せれば、至近距離まで凄んでくるから渋々頷いた。この整った冷たい顔は、無駄に迫力がある。シノさんのデスクが置いてある広い居間の向こうの、奥部屋があの男のパーソナルスペースになっている。1階の部屋は全て襖や障子で仕切られているだけなので、ノックもし辛い。
「……夜ご飯持って来ましたけど」
制服を着替えて夕食を作り終えて。襖越しに声をかけると、す、とレールの上を滑らかにそれが動いて感情の乗っていない冷めた顔が私を迎えた。
「……これは何」
「……焼きそば、のようなものです」
おぼんの上に乗った料理を見た男は低い声でその正体を問い(それだけで失礼)、私の答えに深く嘆息した。
ウェリントンタイプの黒い縁のメガネをかけた男は、レンズ越しに一重の鋭い瞳で私を射抜く。
「お前、上達する気ある?」
「…あ、あります!」
当たり前だ、私の1週間後の運命がこれで決まるのに。
今日は野菜を焦がしたし、なんか味付けもぱっとしないし、麺もちょっと固まってるけど、昨日よりはマシだ。渋々げんなりした顔でそれを受け取った男にまた腹は立つが、今日の任務は終わったとすぐに立ち去ろうとすると「おい」と呼び止められた。
「…なんですか」
「お前、友達とかいねーの?」
「……は?」
急になんの話だろうか。男の質問の意図が分からず、首を傾げる。というか、この男の口から出てくる単語としてあまり似合わない。
「友達」
「……居ません」
あの変な大学教授は、私にとって友人なんだろうか。
しかしそれをわざわざこの男に言う必要は無いと思い直して答えると、全く表情は変えず、男は私を変わらず見据えたままだ。
「あっそ、寂しい奴だな」
「…は」
そのままそんな感想を漏らした男は、私が手渡したおぼんを抱えて、嘲笑と共に再び襖をピシャリと閉めた。呆気に取られた私は暫く、なんの変哲も無い障子の様子を見つめていた。
「(…こいつの部屋を爆発させたい)」
苛立ちをぶつける術もなく、舌打ちをしてそのまま縁側へ向かった。
『お前、友達とかいねーの?』
突き刺さった言葉は簡単に自分の中から取り除けないほど深く侵入している。でもそのことに気付かないフリをするのだけは、どんどん上手くなっていた。
_________
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「……おい、起きろ」
「っ、」
急に頭に鈍い痛みが走って息を詰まらせた。何が起こったのか全く理解できなくて飛び起きた私をすぐ側で捕らえる、切れ長の一重の瞳。デジャヴのような体勢だけど慣れなんて生まれたりしない。
「、っ、な、なに、!」
布団の上で起き上がって、ブランケットを抱えて座る私の隣に、足を広げ踵をつけて蹲み込んでいるこの男が、先ほどの容赦ない痛みを与えて来たのだとやっと理解した。
「……いつまで寝てんだよ馬鹿」
「…え」
慌てて壁にかかってる時計を確認するも、針はまだ朝の7時を示す前だ。この男との奇妙な生活が始まって4日目。今日はバイトは休みなので、確かにいつもより起きるのは遅いけど。
「…俺は今日、単発のバイトが入ってて朝早いわけ」
「……はあ、?」
「朝飯、早く」
「………そのために起こされたんですか私」
「当たり前だろうが」
何が当たり前なんだろう。起き抜けのあまりまだ働いていない頭で必死に考えてみても、全然納得できそうに無い。なんなのこいつ。というかその前に、今まさに男と向き合っているこの空間について、考えを巡らせれば身体がはたと止まった。
「あ、あんた…!」
「誰があんただよ」
「何を勝手に部屋に入って来てるんですか!?」
「いくらドア叩いてもお前が起きねえからだろ爆睡女が」
平然とそう言いながら、くあと1つ大きな欠伸をする男はゆっくりと立ち上がる。そしてその拍子に、Tシャツの襟元から覗く鎖骨の辺りには、やっぱり男の雰囲気に全くそぐわない赤い痕がちらりと見えた。こいつは絶対に、女癖が悪いと分かっていたつもりだったのに。油断した。私の部屋は鍵も付いているけどまさかこんな事態になるとは思わず、施錠を怠ってしまっていた。
『え~~、お風呂場で鉢合わせとか、朝起きたら隣で何故かアイツが寝ていて…!?…とか、無いわけ?』
とんでもない仁美さんの発言を、変に思い出し、絶対これからは鍵をかける、と胸に誓う。「早くしろ」と急かす男を背後から蹴りたい衝動をなんとか抑えつつ、声にはならない苛立ちを心で叫んで立ち上がった。
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