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2.ちぐはぐな友達

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「……は?何その少女漫画的展開」

「仁美さん、話聞いてましたか?」



花屋の朝は、とにかく本当に早い。花市場へ仁美さんと光さんが仕入れに行くのは大体朝方の4時とか5時くらいで、夏休みに入った私も、早朝からの出勤が可能になって、いつも6時半頃には開店準備を始めている。

「梶ちゃんが朝入ってくれて助かるわあ」としみじみ言ってくれる仁美さんに「別に夏休みじゃなくて普通の平日もどの時間でも入られます」と告げた言葉は華麗に無視された。
彼女は、私が学校ではなくアルバイトを優先することは絶対に認めてくれない。平日だって調整次第でいくらでもサボれるのに、学校が終わった後の時間以降しか、働かせてくれない。テスト週間など、午前中で高校の拘束が終わる時くらいしか(それもテストは大丈夫なの、と渋々だけど)長い時間働くことができないので、存分にバイトに勤しむことの出来る夏休みはとても有難い。

仕入れから戻った光さんと仁美さんが湯揚げや水揚げの処理を行う隣で掃き掃除をしている時、「梶ちゃん、東明さんの家にいるんでしょう?」と愉快に聞いてくる仁美さんに、昨日の事の顛末を話した感想が“少女漫画的展開“だった。

…話を聞いていたのだろうか。あまりに昨日の出来事が大きすぎて、誰かに聞いてもらいたい気持ちを先行させたけど、やはりこの店長に伝えたのは間違えだった。


「……ただの暴君です」

「ねえイケメン?」


この人はそこしか興味が無いのか。隣の光さんはただ微笑んで私達の会話を聞いているだけで、それはそれで私が勝手に心臓をどきどきさせてしまう。

「だって妙齢の男女のドキドキ同棲生活でしょ!?てかこれ私は黙認して大丈夫なのか…?」

「…私が2階の一部屋を借りてるだけです。同じ家にいたって、多分顔を合わせることも殆ど無いと思いますし」

とんでもなく的外れな言葉で表現された私とあの男の生活に、一気に嫌悪感を抱く。タオルでキーパーのガラスを磨く手は止めずに否定すると、湯あげの際の湯気から守るために器用に包装紙で花を覆う最中の仁美さんが口を尖らせていた。

「え~~、お風呂場で鉢合わせとか、朝起きたら隣で何故かアイツが寝ていて…!?とか、無いわけ?」

「…部屋にもお風呂にも、鍵が付いてるので」

「カジカジは本当に高校生なの!?冷めすぎだよ!?」


全然面白く無いとダメ出しをされても、仁美さんの妄想の内容にこちらが倒れそうだった。もうそこからは彼女の文句は聞き流すことにした。でもあの男との契約なので、今日も夜ご飯は作らなければならない。憂鬱が過ぎる。
スーパーに寄って帰ろうとバイト後の予定を決めつつ、バケツを手に店先の方へと足を進めた。

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「お先に失礼します」

「梶ちゃん、夕飯食べてく?あ、でもその気になる彼が家で待ってる感じ?」

「お疲れ様でした」


いつもの誘いをスルーしても、後ろから楽しそうな笑い声が飛んでいる。私はどうやら話す人を本当に間違えたらしい。
帰り道まで足を進めると、すっかり日は暮れて夜が住宅街に溶け込む。日中のような苦しい暑さでは無いけど、それでもずっと篭っていた熱気は、まだ完全にこの時間になっても去ろうとしないらしい。



「──梶」

隣からそんな声が聞こえて来て、私は動きを止めてしまった。夜の暗闇に目は慣れていて、決して明るいとは言えない古びた街灯の下に立っていても、その人影にすぐ気がついた。いや、声を聞いた時からそれが誰なのか分かっていたから、自分の足を止めてしまったのかもしれない。


「………何してんの」

「あんたこそ、夏休み一回も補講来てないでしょ」

「……必要が無いから」

「そんな訳ないじゃん。あんた、このままどうする気?」


苛立ちと焦りを含んだ、ハスキーな声が近づいてくる。黒のキャミソールにダメージジーンズ、スポーツサンダルという軽い身なりの女は、至近距離でじっと私を見ていた。こんな服装を好む奴、やっぱりうちの学校には居ないよなあとぼんやり頭の片隅で思う。

そして、うつろな街灯に照らされているとは思えないほど、眩く光る髪色。金髪と一言で表現するのは、惜しいかもしれない。明るいイエローベージュとスモーキーなアッシュが混ざって、夜に不釣り合いなほどキラキラ光る。

「……梶。あんた、今どこに住んでんの」

「関係無いでしょ」

「変な男に匿われてるって、噂になってるけど」

「へえ」

くだらない。いつもいつも、興味本位と無責任な好奇心で先行する噂に、そしてそれに振り回されていた自分に、もうとっくに辟易している。

「良いんじゃない?間違いじゃ無いし」

変な男っていうのは、シノさんのことなのか、それともあの暴君のことなのか、それさえ分からないし、どうだって良い。今更1つ、噂が増えたところでなんとも思わない。暇だなと思う。態々もう"離脱"した人間のことを話題にするなんて、よっぽど校内には他に盛り上がる話が無いらしい。


「梶、!」

目の前に立つ女を避けて再び歩みを進めようとすればやけに切迫した声が私を呼んだ。なんでこの女は、此処にいるんだろう。何をしに来たんだろう。

“あの時“、私はとっくに自分に絶望したのだ。



「…2度と、逢いに来ないで」

それだけを告げて、女がどういう表情なのかを確認することもせず、振り切るように歩くスピードを速めた。



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