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1.ピンク色の無い花束
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しおりを挟む「…梶さん。自分が中途半端でどうしようも無いって言うけど。僕からしたら、まだ此処に居てくれて良かった、だよ」
「は…?」
「……グレて不良になることも無い、だっけ。やめてよ、そんなとこまで突っ走られたら僕も迎えに来るのは流石に勇気いるよ。だって不良って“夜露死苦“とか不思議な言葉使って、コンビニにたむろするんでしょ?怖いし」
この男はタピるという言葉を知っていたり、その割に不良のイメージ像が遥か昔からアップデートされていなかったり、本当になんなのだろう。
“此処“にいてくれて良かった?
中途半端で、地に足の付いていないどうしようも無い私なのに?
よく、分からない。それなのに全く予期していなかった言葉に、確実に心の奥がグラグラと動いているのが分かる。
「…どうして、私に構うんですか」
先ほどまでの声の鋭さを急激に失ってしまった。その中でも必死に尋ねれば、やはり目の前の男はふわりと微笑む。真っ暗闇の中にそぐわない眩しいお日様が、何故か私を簡単に照らす。
「梶さん。花が好き?」
突拍子も無い質問だな、とは思う。だけど答えは勿論、いつだって決まっている。
「………好きです」
だって、花は、花ならば。
「花は、"裏切らない"から?」
「、」
『いやいや、花が好きだから、ってまず社交辞令でも言わない?』
『此処を選んだのは勿論、花が好きだからです。
──だって花は、絶対裏切ったりしないから』
面接の時、私が仁美さんに伝えた言葉を使って、男は困ったような声色で告げてくる。驚きの表情を隠すことはせず、ただその垂れ目がちの瞳を見つめると、眉を下げた男が息を吐く。
「……梶さんに初めて会った時、花束作りながら城山しろやまさんが教えてくれた。どうして、そんな悲しい考え方になるの」
あの店長は、やはり従業員のプライバシーをこの男の前では完全に無視しているということが分かった。だけど今まで聞いたことの無いような切なく苦しい声で告げられたそれに、私はいつものように冷たく返事ができない。
「私の、本心です」
嘘じゃ無い。だって、ずっとそう思ってきた。
花は裏切ったりしない。光を浴びて、水をたっぷり吸い込んで呼吸して。たまには丁寧な手入れも必要だけど、こちらが手をかければかけるほど、絶対に蕾はほころぶし、可憐に咲く。
人間とは、あまりに違う。
「そんな苦しい考え方で花ばかり見てる子、気になるでしょう」
「……だから、私に構ってたんですか」
「うーん。でもその理由は、もっと単純かなあ。梶さんが優しいって知ったから」
「は?」
男の突然の発言に、失礼だけど短く切り返す。今までの私の態度から、どうしてそんな言葉が出てくるのか分からない。どう振り返ってもそんな評価を受けるに値しない態度しか取った覚えが無い。
「…優しいわけ無いじゃないですか。嫌味ですか」
「じゃあ、僕がお願いした桔梗のあの花束にピンクを取り除いたのはどうして?」
「、それは、」
それもきっと、仁美さんが教えたんだろうなと流石にもう聞かなくても悟った。「桔梗で花束を作って欲しい」とあの日、この人からの要望を仁美さんに伝えた時、私はどうしても気にかかることがあった。
『…ピンク色の桔梗は除いたほうが、良いと思います』
『どうして?』
『ピンク色の桔梗の花言葉は「薄幸」です。記念日の花には向かないと思います』
目を丸くして私の意見を聞き終えた仁美さんは、二つ返事と共に何故か嬉しそうに笑って、腰に巻いているシザーケースからハサミを取り出した。
「"普段アレンジする時、そんな全ての花言葉なんて考えたりはしないんですけど、梶ちゃんが折角伝えてくれたので、今回はピンク無しで作ってみました"って城山さんが伝えてくれた」
「……」
桔梗の花言葉は「永遠の愛」とか「誠実」とか、一般的にはそれらが知られている。ひっそり紛れているピンクの花言葉は、まるで隠しておきたい欠陥や弱さのようで。ひっそり此処で息を潜めるどうしようも無い自分にあまりに重なって。
だから、桔梗の花も自分のことも好きでは無い。
じ、と押し黙って俯いたまま何も言葉を発さない私に再び「梶さん」と包みこむような声が届く。腰を折って私を覗き込む男が優しく微笑んでいるのだと、暗がりでも分かった。
「…嬉しかった」
「え?」
「梶さんの気持ちが、嬉しかった」
「、」
真っ直ぐこちらに届く言葉は柔らかいトーンの筈なのに心臓にずぶずぶと遠慮無く侵入してきて、戸惑いを隠せない。こっそりとシャツの上から胸のあたりに手を当てた。
「僕や奥さんのことを考えてくれたからこその言葉でしょう。それが凄く嬉しかった。…だからこんな所で1人で居る梶さんを放っておけないって、僕は今こうして此処に居る。それは、梶さんが優しいことの証明にはならないの?」
この男は、どうしてだろう。私が懸命に否定したいことを丁寧に集めて、拾い上げて、私に手渡して来ようとする。
「……東明さんが単純だから、ってことの証明なんじゃ無いんですか」
「え、酷い。1本取られたんだけど」
何故か心が揺れて、視界も呼応するように揺れている気がして、誤魔化すように視線を外した。可愛げの無い返答にもクスクスと再び笑う男は、やはり全てを許して受け止めてしまうような雰囲気を纏う。
「…だからあの時もお礼言ったのに梶さん受け取ってくれないし」
『誰かからの感謝も、自分でそうやっていちいち大きさを測って受け取るかどうか決めるの?』
「あの時、ありがとう」
「……」
「…梶さん、ねえ梶さん。ありがとう」
「聞こえてます、煩いです」
「梶さんは人からの気持ちを素直に受け取る練習が必要だね」
うんうん、と1人で頷く男をつい凝視すれば「あ、そうだ」と何か閃いたらしい。
「これからは、花束にピンクの桔梗も入れて大丈夫だよ」
「…?どうしてですか」
「素敵な花言葉の中でひっそりそんな意味も持ってるなんて、弱さを持ち合わせて隠しながら頑張ってる人間みたいで、なんか愛しく無い?」
嗚呼、やっぱりこの男は厄介だ。どうして、人が否定している部分をあっさり肯定してくるのだろう。
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