上 下
214 / 222

第二百十四話 永遠なんてものはない

しおりを挟む
「…………クス、レクス。…………たった一年が、それが本当はたった五年でも・・・・・・・、…………一生私だけ愛して…………ずっとその後も生き続けてくれる?……」

初めて聞いたフェリシアの声は酷くかすれて弱々しかった、俺はもう深く考えもせずに反射的にその声に返事していた。それは本能的なものだった、どうしてもフェリシアに伝えたいことだった。

たった五年でも・・・・・・・なんて言うな!!それは本物のお前自身・・・・・・・が生きる大切な時間じゃないか!!」
「……レ、クス……?……」

たったの五年、それは三千年以上を生きてきたフェリシアからすれば短すぎる時間なのだろう。でも俺にとっては違う、俺とフェリシアが出会ってからまだ五年も経っていないのだ。確かに五年にも満たない時間だが、俺にとってはそれまで生きてきた十六年よりも濃密な時間だった。俺はゆっくりと天蓋つきの豪華で大きなベットに近づいた、今すぐにフェリシアの顔が見たくてそれを邪魔する薄くて高そうな黒い布を左手でどかそうとした。

「レクス、止めて!!」
「……フェリシア?」

思ったよりも激しいフェリシアの声がして、俺は天蓋の布をどかしかけていた手を止めた。少し荒い呼吸音がしばらくして、やがてフェリシアがまた少しずつ話し始めた。

「……ドラゴンの大魔石に……、記憶を移し替えるのは……ふふっ、……思ったより……ずっと…………寿命と力を使うの……、もう……五年も残っているのか……分からない……」
「それでも!!それでもたった一年よりは長いだろう、もう記憶を移すなんてことは止めてくれ!!」

そこから先は沈黙がその場を支配した、フェリシアは未だに迷っているのだ。俺はもうフェリシアをここから解放して自由にすると決めている、でもフェリシアはいまだにヴァンパイアたちの保護者を続けるのか迷っているのだ。俺はゆっくりと思ったことをそのまま口にする、フェリシアにそう好きな女にできもしないことは言いたくない、それが一時の気休めになるとしても嘘だけはつきたくなかったからだ。

「フェリシア、俺の一生は何年なのか分からない。お前と同じ祝福されし者にはなれなかった、がっかりさせて悪いが、俺はやっぱり草食系ヴァンパイアだ」
「………………レクス……」

「きっとお前よりも何倍も長く生きると思う、人間並みの寿命だったとしてもそうなるだろう。そしてそのうちの五年をお前と一緒に生きていきたい、フェリシアにとっては短い年月かもしれない、だが俺にとってはなによりも大切な時間なんだ」
「………………レクス、……レクス…………」

天蓋の向こうにあるベッドに横たわっているフェリシアからの俺の名前以外の返事はない、でも俺はその傍に立ったまま話しかけ続けるようにした、できるだけの誠意をもって彼女を説得しようとした。

「正直に言ってお前がいなくなってしまった後のことは分からない、人間は変わってしまう生き物で俺は元は人間だったのだから、お前のような純粋な心をもった世界に祝福されし者にはどうしてもなれなかったんだ」
「………………そうか……、…………私と同じ仲間は……もうどこにも……いないんだね……」

フェリシアが消え入るような声でそう答えた、悲しいことがあるとすぐに泣いてしまう彼女のことだ、少しだが声が今までと違っていてきっと泣いているに違いなかった。俺は今すぐに俺と彼女とを遮る薄い布を剥がして顔がみたかった、たとえどんなに彼女が変わってしまっているとしても直接触れたかった。だから一番言っておきたかったことを言っておく、俺の素直な気持ちをできるだけ正確な言葉にしてゆっくりと紡いだ。

「愛しているよ、フェリシア。たとえお前が五年しか生きられなくても、もしかしたらたった一年しか生きられなくても、きっとその後の長い一生でお前を忘れることはないほど、……愛しているよ」

俺がどれだけの月日を今から生きるのかは分からない、それでもフェリシアが生きている間は彼女だけを愛せるだろう。そして、彼女がいなくなってしまった後でも、きっと彼女のことを忘れる日は来ないだろう。そう俺は素直に思えるんだ、何故だろうかそうとしか思えないんだ。だってこんなに他人を好きになったことはない、こんなに自分以外の誰かを大事に想ったことはないんだ、フェリシア。

「………………レクス……、私は…………、私はね…………」
「我らの王は永遠に生き続ける、消して滅びる日はこない。あーあ、最悪だね。これで王よ、よくお分かりになったでしょう。人間というのは変わるものです、酷い嘘をつく生き物なのです。ここから出ていけ出来損ない、ヴァンパイアにすらなれなかったなれの果ての者」

フェリシアの声を遮ってウィルの冷たい言葉が聞こえた、振り向けばウィル・アーイディオン・ニーレ、フェリシアを母とも慕う白髪と赤い瞳を持ったヴァンパイア、彼が怒りをにじませる表情でそこに立っていた。今まで俺に何の気配も感じさせずにそこにいた、俺はゆっくりと数歩ベッドから離れて移動する。襲撃されてもいいように即座に反応して戦えるようにそうした。そうしたらウィルという冷酷なヴァンパイアは今度は冷笑して、俺の今までの言葉を踏みにじるようにしてあざけったのだ。

「五年の約束はできても、永遠の約束はできない。それはご立派なことだ、きっと王がいなくなれば、すぐに次は人間の女を好きになるんだろう。なんという卑怯者、王には永遠を誓わせておいて、自分にはできないとは臆病者としか言いようがない」
「フェリシアを愛してすらいないお前がそう言うのか、彼女から時間を奪い、自由を奪い、そして命さえ奪ってしまおうとしている。そんなお前がそう言うのか、これは俺とフェリシアの問題だ。他の者からどうこう言われる筋合いはない、ましてやフェリシアを愛していないお前なら尚更だ!!」

「全く煩いだけでその言葉の軽いことといったら、僕は王のことを心から愛している、だから永遠になった王のことを愛するとすぐに誓える。そうだ王は永遠に生き続けるんだ、これからも変わらずにヴァンパイアたちの守護者として、僕の大切な王はずっと変わらずに美しいままで生き続けるのさ」
「お前は永遠に生きるようにするという意味が分かっていない、大賢者ラウトは確かに精神を移した魔道具を残した、だがその自我は別の個体となっていた。永遠なんて存在しない、貴様はフェリシアのことを本当に大切にすることすらできない、美しいだけのただの虚像にしてしまおうとする、そんなお前なんかにフェリシアを譲れない!!」

ウィルは俺とフェリシアの関係を嘲笑った、永遠を誓うこともできない卑怯者だと俺を見下した。だが、俺に言わせればウィルの言葉ほど中身の無いものも無かった。精神が幼いとしか言いようがない、だから軽々しく永遠だなんて誓いをたてる。簡単にフェリシアの心という尊厳を踏みにじる、いくら精神を移したといっても、素晴らしい魔道具に自我を与えても、それはもうフェリシア自身ではなくなっている。この子どもはそんな簡単なことが分からない、そうなってしまったから気づいても遅いのだと、失くしてしまってからどんなに辛い思いをするのかも分かっていないのだ。ウィルは相変わらず、冷たく笑いながら言った。

「それじゃ、どうしようか。出来損ないのヴァンパイアくずれ、王は僕たちと永遠に生きることを望まれている。出来損ないに何ができるって言うんだ、永遠に愛する誓いもたてれない、王の寿命を延ばすこともできない。出来損ないとたった五年を過ごすより、ずっと永遠に変わらない象徴となって、今まで通りに僕たちの傍にいることを王はお望みだ」

俺は頭の中が真っ赤になる、これは純粋な怒りだ。何故、このヴァンパイアは分からない。フェリシア自身が大賢者ラウトの影に会ってから、これはもう大賢者ラウトではないと二度と会いに行かなかったその意味を考えないのか、それとも知っていても自分ならばもっと上手くやれる、そんなふうにうぬぼれているのか。俺とこのヴァンパイアは分かり合えない、それこそ永遠に理解し合えることはないだろう。

「俺はウィル、お前を倒してでもフェリシアをここから解放する、そう自由にして残り少ない時間を彼女自身・・・・を大切に愛して生きていく!!」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...