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第二百一話 失くした物は戻らない

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「さようなら、出来損ないのヴァンパイアもどき」

俺はとっさに体を引いて斬撃を避けようとした、そのおかげで首が完全に斬り落とされずにはすんだ、だがかなり深い傷を首に負ってしまった。俺の首から噴水のように血が溢れる、それを止めようと手で押さえたが血は溢れ続けた。

「ごふっ!?」

霧化して癒そうとしたが傷が深くて魔力が足りないのか上手くいかない、口と喉の中が血でいっぱいになり俺はそれを吐いた。首をどうにか押さえてウィルから距離をとる、追撃がないのは奴がニヤニヤと笑いながらこちらを眺めているからだった。血が足りない、魔力が足りないのか、このままでは死ぬ、消える、俺が消えてしまう、足りない、足りない、足りないんだ……

「あーあ、やっぱりそうなるか。これじゃ、僕は勝てない。え?ああ、そうか。でも、いいや。――――目的の物は手に入れた!!」

ウィルはどこからともなく現れたコウモリに向かって何か話していた、だが今の俺にとってそんなことはどうでもよかった。足りないんだ、まだ足りない、足りないんだ、そう足りない、だからしかたがない、足りないなら奪えばいい。

俺は何もかもが足りなくて自分の力だけでなく、森からいいや世界に流れる根源から力を引き出した。同時に封印していた記憶が戻ってくる、そうだ。俺は祝福されし者の力が使えるんだ、こんなヴァンパイアごとき殺せないわけはない。だがそう自覚した俺の力が及ぶ、ほんの一瞬前にウィルというヴァンパイアの姿は消えていた。

「あはははっ、バイバーイ。出来損ない、僕は永遠を手に入れるよ!!」
『待て、ウィル!!』

俺はすっかり癒えた首の傷から手を放して世界の根源にある力と更に同調した、ウィルというヴァンパイアの跡を追っていったが、その傍には一際大きい光があってそうフェリシアがいた。そして彼女がこちらを見て寂しそうに笑ったと感じた瞬間、俺はフェリシアから世界の力からはじきとばされた。もうウィルの姿も見えないし分からない、意識が戻ってきた森の中で呆然と俺はしていた。

フェリシアから拒絶されたような力を感じたのは初めてだった、俺はもう彼女に嫌われてしまったのだろうか。そう考えて蹲って動けないでいた俺に、急にミゼの声が聞こえてきた。必死さをにじませるいつもは陽気でやかましい声が、弱弱しく主人である俺に助けを求めていた。

『……レクス様、レクスさまぁ~。聞こえていたら助けてください、ファンさんが、ディーレさんが~』
「――――!?『転移テレポーテーション!!』」

俺は森から瞬く間にラウト国の中に移動した、すると宿屋の中でディーレとファンが倒れていた、傍にいたミゼが泣きながら、以前にディーレが作っておいたポーションを『魔法の鞄マジックバッグ』から引っ張り出して二人の体にかけていた。最上級のポーションは重症を負った二人の命をとりとめていた、だが傷が深すぎて全て癒すには至らなかったようだ。

「ああ、レクス様!!私にはこれしかできなくて、でもお二人が目覚めません!!」
「話は後だ、ミゼ。ディーレ!!ファン!!『大いなるラージスケール完全なパーフェクト癒しヒーリングの光シャイン!!』」

俺はまだ祝福されし者の力が残っている状態だった、だからディーレも使ったことがない広範囲の回復の上級魔法が使えた。光の洪水が宿屋の部屋に溢れた、そしてそれが収まったらディーレとファンの体を再度確かめた。ディーレは心臓付近に大きな傷があったようだ、胸の辺りが血でびっしょりと濡れていた。だがその傷は回復魔法で癒えて、多くの血を失ったがちゃんと呼吸をしていた。ファンも同じような状態だった、だがディーレより傷は多かったが浅くて失った血も少ない、ドラゴンの硬い皮膚が襲撃者の刃を弱めたのだ。

二人とも意識はまだないが命には問題ない状態だった、やっかいなのは次は俺の番だ。俺は祝福されし者の力を完全には使えない、使うと命に関わるような傷を体に負うからだった。俺は祝福されし者の力が使えなくなる前にディーレが作ったポーションを用意した、それからすぐに無理な力を使った反動がきた。肺が破れるように痛くなり、頭の中で耳鳴りがして何も分からなくなった。右手に持っていたポーションを飲むことだけを覚えていて、それを飲み干したらついに何も分からなくなった。

フェリシア、彼女はどうして俺を拒絶した。あんなふうに彼女から拒絶する意志を感じたのは初めてだった、俺のいつまでも祝福されし者になれずに傍にいられないからか。すまない、それは済まないと思う。でもなれないんだ、祝福されし者の力を使った後だから分かる、俺はなれない。祝福されし者には決してなれない、俺は――、俺は――…………。

「――クス、レクス、レクスってば起きて!!起きてよ!!」
「レクス様、起きてくださいってば!!」
「ん?ファンとミゼか、…………そうだ!!お前たち無事か!!」

どのくらい気を失っていたのだろうか、既に朝日は昇っていたから周囲は明るかった。俺はファンとミゼの声に飛び起きて、まずその無事を確認した。

「うん、僕は大丈夫。でも、ディーレがまだ目が覚めないよ」
「しっかりと呼吸はされているのですが、意識のほうが戻りません。大丈夫でしょうか」
「一度に血を大量に失ったせいだ、体の方の傷はしっかり回復している、こればっかりは起きてから食事と時間で治すしかない」

俺は倒れていた床から起き上がって血まみれの部屋の惨状にゾッとした、もう少し遅ければ俺の仲間は消えてなくなってしまうところだった。そして、ファンに詳しい話を聞くことにした。

「変な気配がしたから急に僕は目が覚めてディーレを起こした、でも気がついた時にはもう何人かのヴァンパイアが部屋の中にいた。誰も名前も何も言わなかったよ、そして防御魔法も間に合わなくて、最初に僕をかばってくれたディーレが刺されたの」
「ディーレさんがファンさんをかばって刺されました、それからはファンさんが一人でヴァンパイアと戦ったのです。部屋がせまくて思うように動けず、私は魔法でろくに援護することもできず役立たずでした」

「ううん、ミゼが『強きストロ太陽の光ングサンシャイン』を何度か使ったから、それで何人かは灰になって消えちゃった。そうしたら残った一人のヴァンパイアがすごく怒ってた」
「私はファンさんにかばわれて、窓から屋根の外に逃げ出しました。戻ってきたらディーレさんもファンさんも倒れていて、『従う魔へのサーブデーモン供する感覚シナスタジア』でレクス様に必死で呼びかけました」

俺はまだ震えているファンの頭を撫でてやり、よく頑張ったとその幼い体を抱きしめた。ファンは俺の腕の中で静かに泣き出した、大人であるディーレが傷ついて自らも命の危険にさらされたのだから無理もない。ミゼの奴もお手柄だったとその頭を撫でてやった、ミゼは喉を鳴らして大人しく撫でられていた。それから泣き止んだファンが不思議そうな顔をしながら、とても不安そうな声で言った。

「どうしよう、レクス。お母さんの魔石とられちゃったの、それを出さないとディーレの首を斬るって言うから、どうして欲しがるのか分からないけど僕はすぐに渡しちゃった」
「お前の大事な魔石だな、……だが素直に渡してよかったんだ、ディーレとお前の命には代えられない」

「そっか、そうだね。お母さんとの思い出は僕がしっかりと覚えているから、だから形に残るものがなくなっても僕は平気だよ」
「何が目的で持っていったんだろうな、確かにドラゴンの魔石は価値があるが……」

ファンの話をそこまで聞いて俺は冷や汗が背中を伝って落ちるのが分かった、ドラゴンは魔物の頂点にたつ存在といっていいだろう、その魔石よりも大きな魔石があるだろうか。いやそんなものは存在しないはずだ、俺は魔石について大事な話を聞かなかっただろうか。そう、大賢者ラウトから確かにこう聞いた。

『私は祝福されし者の欠片であり、考えることができる知識の塊だ。本体は場所は国家機密だから言えないが、ラウト国で大事に保管されている大魔石を使った魔道具だ』

俺を拒絶したフェリシア、寂しそうに笑っていた彼女、奪われたファンの母の魔石、大賢者ラウトの影、亡くなった祝福されし者、大魔石を使った魔道具、そしてウィルはこう言っていた。『僕は永遠を手に入れる』それが何も意味するのは明らかだった。俺にとっては最悪の未来だ、ミュスが言っていた外れて欲しかった未来だった。

「思ったよりも時間がない、レクス。フェリシアは永遠となり、……そして消えてしまう」
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