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第百六十六話 期待をして何が悪い

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「どうせ私は2、3日で死んでしまうのよ」
「……何故そうなると分かる」

「私たちは一月に一人分だけ、どうしても人間の血が必要よ。でも、もう一月近く血は飲んでない。だから、私はもう死ぬのよ」
「なるほど、分かった。問題ない、人間の血がなくてもヴァンパイアは生きていける」

「あんたって馬鹿なの!!そんなの嘘よ、ありっこない!!」
「とりあえず今日はファンとミゼは同じベッドで寝てもらって、ティリアと言ったな。お前も残りのベッドで一人で寝ろ」

俺たちが借りたのは四人部屋だからそういうベッドの割り振りになった、ティリアという少女は俺の言葉に驚いていたが、隷属の首輪と魔法の契約があるから逆らえなかった。俺はもう三つ、ティリアに命令しておいた。

「とりあえず一つ、勝手に人間と俺の仲間たちを襲うな。二つ、俺たちから離れるな。三つ、俺たちに関する余計なことを喋るな」
「………………ふんっ!!」

ティリアは返事をしなかったがこれで俺たちが襲われることは無いはずだ、他の人間を勝手に襲うこともできなくしておいた、血の食事をさせる必要があるが普通の宿にそんなものはない。下位ヴァンパイアが活動できる夜まで、この宿屋で少し待つしかないだろう。

「ティリア、出かけるぞ。ついて来い、ディーレにファンそれにミゼ。俺たち・・・は食事に行ってくる」
「………………私の食事なんか用意できっこない」

夜になるとティリアの態度は反抗的だったが、俺の命令には逆らえずに大人しくついてきた。それを確認して、泊っている宿屋を出ることにする。

「レクスさん、お気をつけて」
「後でご飯を食べに行こうね」
「はうぅ、ヴァンパイアの美少女。……私もレクス様みたいに罵られたい」

ディーレ達はそれぞれいつもどおりにしていた、ミゼは俺たちについてきたそうだったが今夜は置いてきた。俺はティリアを連れてプルガの街の外壁を『浮遊フロート』の魔法で飛び越えた、俺たちが向かったのはプルガの街からそれほど離れていない森だ。

「ティリア、ナイフを貸してやる。兎でも鳥でも何でもいい、動物を捕まえてその血を飲め」
「はぁ!?私に動物なんかの血を飲めって言うの!!」

「いいから言われたとおりにしろ、ヴァンパイアならそのくらいの狩りはできるだろう」
「わ、私そんなこと、……今までしたことない」

「それなら分かった、気配を消してよく見ていろ」
「………………」

俺は草食系ヴァンパイアの力を生かして森と感覚を同調させる、森の木々が感じていることが伝わってくる、小動物の気配を探るのも難しいことではなかった。ついでに俺は本来の食事、大樹から生気をいただいた。それから大樹の上にいる鳥を見つけて、俺はその鳥を目掛けて魔法を使った。

「『標的撃ハンティングショット』」

鳥は魔法の衝撃を受けて俺の手の中に落ちてきた、夜は普通の鳥は目が見えないから狩りをするのも簡単だ。さっそくナイフを取り出して、鳥の首に小さな傷口を作ってティリアに渡した。

「この血を飲め、不味くても我慢して飲むんだ」
「うぅ、本当に飲むの。…………………………うええっ、美味しくない」

ティリアはしばらく躊躇していたが、血の誘惑には逆らえなかったのだろう。鳥の傷口から血を啜っていた、そうやって血が抜けた鳥は勿体ないから羽をむしって解体し肉にした。ティリアにもっと狩りをさせようとしたが、彼女は震えながらこう言った。

「わ、私は魔法なんて、……知らないの」
「はぁ~、それじゃまずそこからだな」

俺はティリアに初級魔法から教えていくことにした、下位とはいえヴァンパイアだ。多分どんなに生まれつきの魔力が低くても、中級魔法くらいまでなら使えるようになるはずだ。とりあえずは初級魔法の『衝撃インパクト』を教えることにした、これなら小動物を衝撃で気絶させるくらいはできる。それからナイフを使って血を飲めばいい、だがティリアはその夜は何の獲物もとれなかった。

「帰ったぞ、飯屋に行くか」
「お帰りなさい、ご無事でなによりです」
「わーい、ご飯だ、ご飯」
「お帰りなさいでございます、ティリア様!!」

俺は森へ行った時とは逆の道を辿り宿屋まで二人で帰ってきた、ディーレ達には異常はなかったようだが、何故だかミゼがティリアに熱い視線を向けていた。こいつメス猫には見向きもしないくせに、別種族の女の子には妙に構いたがる。相変わらずミゼは変わっている猫だ、ティリアはいきなり様付けされて分かりやすく戸惑っていた。

「ティリアは歯が無いんだったな、それじゃ俺と同じスープやジュース、それに加えて麦粥くらいなら食べれるか」
「どうぞ、ティリアさん。ゆっくりと食べてください」
「柔らかいお肉もいけるんじゃないかな、僕がいろいろ味見してあげる」
「ティリア様、どうかお膝に乗せていただけませんか」

俺たちは深夜でもやっている飯屋に行った、相変わらず俺は固形物が食べられない。ティリアもヴァンパイアの特徴である牙、むごいことに人間を襲わないように歯を全部抜かれている。普通の食事はただの楽しみでしかないが、俺と同じような飲み物か柔らかい物がいいだろう。ちなみにミゼの提案は見事にティリアに無視された、ミゼはすごすごと床で自分用の食器で食事をしていた。

「………………変な人間、これくらいで私のことを自分の物にしたとか思わないで!!」

ティリアは悪態をついていたが、貪るように人間の食事を食べた。俺と同じスープやジュースだけでなく、麦粥やファンが食べて教えてくれた柔らかい肉、歯が無くても食べれる肉も食べていた。俺が狩ってきた鳥たちも厨房に渡して料理してもらった、ファンが美味そうに全て食べてしまった。そうして宿屋に帰って寝ることにした、そうしたらティリアが思いがけないことを言った。

「………………私、本当に一人でベッドに寝てもいいの?」
「ベッドじゃなかったらどこに寝るんだ、もしかして今まで床で寝ていたのか。……体を壊すぞ」

自分の環境が急に変わってティリアはついていけないようだった、俺たちはティリアを奴隷扱いするつもりはない。この環境にもだんだんと慣れて貰うしかない、その夜は灯を消してもティリアはなかなか眠れないようだった。だが、じきに慣れるだろうと放っておいた。朝になると眠っていたから、いくらか睡眠はとれたようだった。

俺たちはティリアをつれてフォルティス国を目指す旅に出た、ティリアの身分証は奴隷契約証が保証してくれる。そうして旅をしながら野宿する時の夜はティリアに狩りを教えた、ティリアは最初は魔法のことを何も知らなかったが、下位ヴァンパイアだけあってすぐに覚えていった。ただ、小動物を見つけるのが苦手で、なかなか狩りが成功しなかった。

「ティリア、どうだ。動物が相手ならどのくらいの血で生きていける?」
「………………多分、一週間に一度くらいの狩りでいいわ」

「そうか、分かった。ヴァンパイアの王のことは知っているか?」
「………………凄く遠い国にいるって聞いた、そこはヴァンパイアの楽園だって」

「どうしてヴァンパイアは人間より増えない、仲間を増やすのは難しいのか?」
「………………普通の人間は襲われたらグールかゾンビになるのよ、そんなことも知らないのね」

「じゃあ、人間をヴァンパイアに変える時はどうする」
「………………血を分けてあげるのよ、でもそれは力を分けるのと同じことよ。賢いヴァンパイアなら滅多にしないわ、ただ無意識に血を分けちゃうことがあるらしいけど」

「それじゃ、ヴァンパイアは人間と同じように同族同士で結婚するのか」
「………………そうよ、子供を作ると同時に力を分けることになるわ」

ティリアを買ったことは無駄じゃなかった、俺たちはヴァンパイアが何故増え過ぎないかを知った。祝福されし者と人間の間に生まれる子ども、そのヴァンパイアを真祖とする。真祖は同族同士で結婚して子供を作るか、それか血を分けることでヴァンパイアを増やせる。だがそれは同時に力を分けて弱体化することになる、今までに会ったウィルやキリルなどの高位ヴァンパイア、彼らは子どもや配下を作っていないのだろう。どうりでヴァンパイアが増え過ぎないわけだ、誰も好き好んで弱体化したいとは思わない。その点、俺を襲ったローズという女ヴァンパイアは馬鹿だったんだな。

俺がヴァンパイアになった理由も分かった、ローズという女ヴァンパイアの血を取り込んだからだ。まぁ、俺は例外で草食系の高位ヴァンパイアになったわけだが、それは前にファンが言っていた通り俺の先祖に祝福されし者がいたのだろう。その血が隔世遺伝して俺という人間に受け継がれていた、そしてローズという女ヴァンパイアの血を分けてもらうことで、俺は草食系ヴァンパイアになることになった。例外中の例外だ、だが同じようなヴァンパイアがいないとは言い切れないな。

「レクス、私。狩りができたわ、ほら見なさい」
「おお、自分一人で狩れるようになったか」

ティリアの狩りの技術は最初は拙かったが、徐々に上手くなっていった。野宿する夜は鳥などを狩ってきて血を飲んでいた、昼間も特別な分厚いフード付きのマントを着ていれば活動できる。ティリアを買って一か月が過ぎていた、言葉は少なかったが他の仲間たちとも会話するようになった。あまり長くは一緒にいてやれない、できるだけ人間を襲わずに生きていける技術を教えていった。

「ディーレ、どうして人間を襲ってはいけないの。人間だって動物よ」
「ティリアさん、それは人間が怖い生き物だからです。人間を襲わない方が貴女は安全に生きていけます、それを忘れないようにしてください、人間はとっても怖い生き物なんですよ」

「ファン、あんたって少し気配が変ね。人間にしては強い気配」
「えへへへっ、そうかな。僕も気をつけなきゃ、教えてくれてありがとう」

「み、ミゼってなんで喋れるの?ふ、普通の猫は喋らないわ」
「それは私がレクス様の従魔だからです、その前は下位ヴァンパイアにお仕えしておりました。つまりはティリア様、貴女様も私のご主人様みたいな感じで、是非罵ってくださいっ!!」

ティリアがディーレやファンと会話するのは良かった、ミゼだけは会話の内容に問題があり過ぎたが、ティリアもそこは変だと感じて常に距離をとっていた。さて、そろそろティリアを解放してやりたいが、果たして彼女は人間を襲わずにやっていけるだろうか。人の血の誘惑はやはり強いらしくて、小動物の血でティリアは生きながらえていたが、いつもその血を美味しくないと言っていた。

もしティリアが人間を襲わずに生きていけるなら、それはこれから出会うヴァンパイアを殺さずにすむ、そんな新しい選択肢を俺たちに与えてくれることになる。今まで殺してきたヴァンパイアには悪いが、人間を襲わない新しい生き方を彼女はしてくれるかもしれない。俺はそんな期待をしはじめていた、そうして旅を続けていたある日、国境を越える時のことだった。

「このコクーン国では奴隷は許可されていない、だからお前たちを国には入れられない。どうしても国に入りたければ、そのヴァンパイアの女をこちらに引き渡せ」
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