上 下
144 / 222

第百四十四話 知らないふりはもうできない

しおりを挟む
プログレス国へと向かう旅が始まったが、俺たちの日常になんら変わりは無かった。村や街、それに都があれば寄って旅の宿を借りる、そうでない時には野宿で過ごした。

俺は元々ヴァンパイアに最初狙われた時からずっと、そしてフェリシアに出会いそれからもずっと、少なからずヴァンパイアに関わってきた。ヴァンパイアの王とされているフェリシアを開放したいという俺の想いは、その臣下であるヴァンパイアたちにとっては不満なようだ。

だから俺自身が草食系ヴァンパイアだが、普通のヴァンパイアは敵だと言ってもいい。でも、ディーレやファンは違う、元々はヴァンパイアとは関係がなく生きることができる者たちだ。

「ディーレ、ファン。俺はよく考えたすえに思うんだが、もしヴァンパイアを退治する魔法が見つかっても、それをお前たちは知らないほうがいいかもしれない。……少なくとも多くの人がそれを知る機会が訪れるまでは、何も知らないほうが良くないか」
「……レクスさん、僕たちがヴァンパイアに襲われる心配をしているんですね」
「そっか、遥か昔に一度は確かにヴァンパイアたちはその魔法を葬ってるんだもんね」
「また同じことをしかねないということですか、レクス様。ちょっと私も除外してくれませんかね」

俺は旅の最中によく考えたすえのことをディーレとファンに訊ねてみた、ディーレとファンはお互いに顔を見合わせた後に返事をした。

「レクスさん、僕たちは既に貴方にもヴァンパイアにも深く関わっています。フェリシアさんが貴方の状況をなんらかの術で知っているように、ヴァンパイアたちも僕たちのことを知っているでしょう」
「そうそう、だから今更知らないふりをしても無駄だよ。それにドラゴンはヴァンパイアなんて恐れない、同じ太古の生き物の祝福されし者は別だけど、ヴァンパイアはドラゴンにとっても血を狙う魔物に過ぎない」

二人とも俺の心配を笑いながら、必要ないのだという返事をしてくれた。確かにこの二人は俺に関わり過ぎている、今頃になってその心配をしても遅すぎることだった。

「……そうか、それじゃ。改めて残っているか分からないが、ヴァンパイアを倒す魔法を一緒に探してくれるか」
「もちろんですとも、神に仕える者としても、人を襲う魔を退けるのは当然です」
「ドラゴンは何者も恐れない、時に正々堂々と戦って死ぬのはその本望」

ちょっと悩んでいた俺が馬鹿なくらいに二人は力強く戦ってくれると言ってくれた、一人ではなく共に戦う者がいるというのは何て心強いことだろう。

「お三人とも私をお忘れですね、確かに私はレクス様の従魔ですから、その為に戦うのは当たり前のことですけどね!!…………もうっ、私は元々は愛玩用なんですったら!!」

たった一匹、ミゼだけが話の外に置かれて拗ねていた。ミゼよ、お前は俺の従魔だから戦いには強制参加だ。というか既に俺の血を分けている時点で切り離すことができない、ミゼの意志を尊重して戦いから遠ざけることはできるんだが、主である俺が死ぬとおそらくミゼにも何らかの影響が出るはずだ。だから、ミゼのことを軽視しているわけじゃない。

「二人ともありがとな。それから拗ねるな、ミゼ。それにヴァンパイアを倒す魔法を知ったところで、こちらを襲ってこないなら意味がないことだしな」
「ヴァンパイアは確かに魔物ですが、ここから遠くの国に多いと聞きます」
「そうだね、ヴァンパイアたちははぐれた・・・・者はともかく、多くは集まって一つの国のなっているはずだっけ」
「そうでございます、最初はレクス様にもそこに行って、高位ヴァンパイアとしてのし上がって貰いたかったのですが」

「そういえばミゼは確かに最初、そんなことを言っていたな。どこにあるんだ、その国は?」
「ええと、それがですね。忘れてしまったのです、いいえ、忘れたというか記憶から消されている感じがするのです」

「……記憶から消されている?」
「そうなのです、最初は確かに覚えていたのです。ですがレクス様にその気が無いと分かってから、だんだんと記憶が曖昧になっていった感じです」

俺も時々記憶にないことをしていることがある。上質な魔石に囲まれて目が覚めた時のこと、ディーレやファンそれにミゼに心配をかけて血を吐いて倒れたこと、それからドラゴンたちと対話しタークオ国を退けた時の記憶は曖昧だ。

ヴァンパイアには記憶を操る者がいるのだろうか、俺自身もそんな魔法を作って一つ持っているぐらいだしな。だとしたら面倒な相手だ、記憶を操られたらどうしようもない。うーん、そのわりには俺自身の記憶の欠落は怖い感じがしない、今はまだその記憶の扉を開けないほうがいい気がするんだ。

「ヴァンパイアたちは一体なにを考えているんだろうな」
「それはまだ分かりません、なにせ生まれた時から僕たちとは違った生き物ですから」
「基本的にはヴァンパイアは真祖、自分をヴァンパイアにした者の言うことから、多くは逆らえないはずだけどね」
「そういえばレクス様の幼馴染の方も、ヴァンパイアに従っていましたしね。私がレクス様に逆らえないように、真祖には逆らうことができないのでしょう」

ヴァンパイアの真祖というのはおそらくだが、人間と祝福されし者の間に生まれた子どもだ。そのわりには数が少ないような印象を受ける、ドラゴンのような太古に生き物が数を決めて生き延びているように、ヴァンパイアにも数を増やすことができない理由があるのだろうか。

人間が動物を狩るように、ヴァンパイアも人間を狩る。捕食者が被食者より多くなることはない、何故なら飢えがそれを阻むからだ。そうなると人間はもっとも繁栄した種族かもしれない、多くの国がありそこで沢山の人々が生きているからだ。

「まぁ、ヴァンパイアが敵だということには変わりないがな」

俺はずっとそう思っていた、何故なら今までずっとヴァンパイアに命を脅かされてきたからだ。だから、その考えが揺らぐようなことがあるとは思っていなかった。

それは旅の途中で立ち寄った、プラントンという街での出来事だった。いつものように通行税を収めて街に入り、冒険者ギルドに立ち寄った時の話だ。

「貴方は白金の冒険者ですか?」
「ん、ああ、一応はそうだが。何の用だ?」

俺たちは飯屋で腹を満たした後に、いつものように冒険者ギルドに立ち寄った。ギルドの図書室はいろいろなことを教えてくれる、それにギルドの職員たちは魔物の動きに誰よりも詳しい。

「良かった、ギルドから特別依頼があるんです。まずは応接室までどうぞ」
「よく分からないが、引き受けるとは限らないぞ」

最初にそう断っておいて、俺たちは冒険者ギルドの応接室に通された。タンポポではなく豆からひいたコーヒーが出されて、俺たちは猫のミゼ以外それに口をつけた。しばらく待たされたが、やがてギルドの職員が現れた。

「貴方たちはヴァンパイアではないようですね、そのコーヒーは聖水から作ったものです」

俺たちはその言葉にぎょっとして手元のコーヒーを見た、爽やかな味がすると思ったが聖水は単なる光属性の魔法がかかった水で、ヴァンパイアを見分ける役には立たないと俺は思っている。いや、それよりこの街にはヴァンパイアがいるのか。

「実は最近、ヴァンパイアの仕業と見られる遺体が幾つも見つかっています。女性や子どもが被害者で全身の血が抜かれています、もう半年になりますが犯人のヴァンパイアが見つからなくて困っています。どうか、白金の冒険者の力を貸してもらえませんか?」
「……大体、どのくらい被害が出ているんだ?」

「被害者は月に一人か二人ですが、『貧民街スラム』で死んだ者が多く、正確な数が把握できないのです」
「……それだけ人が死んでいるのなら、領主も調査しているんだろう。何故、冒険者ギルドが俺に依頼をする」

「依頼は数少ない被害に遭われた貴族の遺族から出ています、もちろんこの街の領主さまもヴァンパイアを探して調査はしています」
「……なるほど、そうか。少し仲間と話をさせてくれ」

俺はいったん冒険者ギルドの職員を下がらせた、仲間だけになった応接室でヴァンパイアをどうするのか相談する。

「被害が出ているのなら見捨てることはできません、レクスさん。もちろん引き受けましょう」
「ディーレが言う通りかも、それにヴァンパイアについて、よく知る良い機会だと僕も思う」
「私は戦闘では役にたてませんが、引き受けておいても良いと思います。一人ヴァンパイアが減れば、それだけ私の未来の嫁候補が助かります」
「そうだな、被害者がいるのなら引き受けるか」

ミゼの言うことは分からなかったが、俺たちは一旦旅を止めて、プラントンという街でヴァンパイア退治をすることにした。はぐれのヴァンパイアだったらいい、相手が一人で済むからだ。だが、下手をすればヴァンパイア一族を相手にしなくてはならない。

ディーレはもう下位くらいのヴァンパイアなら勝てると思う。ファンも力とスピードだけなら中位のヴァンパイアにでも負けていない、ミゼだけは戦いに参加しないほうがいいだろう。

「まずは最後の被害者に会わせてもらいたい、それは一体どこの誰だ?」
「お引き受けくださるのですね!!被害者はもう死んでおりますので、再びヴァンパイアの訪れはありませんが案内をさせます」

冒険者ギルドに依頼を引き受けることを伝えると、成功報酬で金貨10枚だと説明があった。それから最後の被害者、『貧民街スラム』の者だったがその家に案内して貰った。

「……ん、よし覚えたぞ」

俺だって草食系とはいえヴァンパイアだ、血の匂いにはことさら敏感だ。特定の人間の血の匂いを追っていくこともできる、俺はギルドの者は帰して残っている血の匂いを追っていった。

最後にヴァンパイアが出てから、1週間も経っていなくて助かった。まだ血の匂いは新しく、それを追跡するのは容易かった。

「ここに間違いはないんだが、これはまずいな」
「ここは特別区ですね、貴族や王族の方でないと入れません」
「人間って変なの、生きてく場所に細かい区別が多いね」
「ファンさん、人間にとって身分は大切なものなのです。下手に私たちのような庶民が騒ぎ立てれば、逆にヴァンパイア扱いされて焚火にされますよ」

俺たちは特別区を目の前にして途方にくれた、また有力な貴族が犯人なら面倒なことになるのは、どうしても避けられないことだったからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

婚約破棄ですか? 無理ですよ?

星宮歌
恋愛
「ユミル・マーシャル! お前の悪行にはほとほと愛想が尽きた! ゆえに、お前との婚約を破棄するっ!!」 そう、告げた第二王子へと、ユミルは返す。 「はい? 婚約破棄ですか? 無理ですわね」 それはそれは、美しい笑顔で。 この作品は、『前編、中編、後編』にプラスして『裏前編、裏後編、ユミル・マーシャルというご令嬢』の六話で構成しております。 そして……多分、最終話『ユミル・マーシャルというご令嬢』まで読んだら、ガッツリざまぁ状態として認識できるはずっ(割と怖いですけど(笑))。 それでは、どうぞ!

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

処理中です...