上 下
73 / 222

第七十三話 偏ってるけど覚えはいい

しおりを挟む
俺達は海があるというマアレ国の都まで来ていた、俺は海というものを初めて見たがこんなに大きいものだったとは驚いた。森の中しか知らなかったファイスにおいては、最初は驚きで声も出てこないようだった。

「へぇ、あれが海か。凄く大きい、そして綺麗だ」
「はぁ、僕も初めて見ました。う、動く湖なのですか」
「風で波はおこるのだそうです、潮の満ち引きは月の引力が関係しているといいます。その為に、時間によって海の波打ち際は変化致します」

ミゼが難しいことをまた言っている、月は知っているが引力とは何だろう。しかし、湖でさえ沢山の水を蓄えているものなのに、この海はそれとは比較にならないほど大きいものだった。

「………………レクス、レクス、凄い!!海は凄い、大きい!!」
「わかった、わかった、はしゃぎ過ぎて海に落っこちるなよ」
「今日は泳ぎの練習ですからね、森に住むとはいえ覚えておいて損はありません」

マアレ国に来たことで俺達は海をいう者を初めてみることになった、海という湖があるからにはそこに泳がないという選択肢はない!!……というわけで小舟を借りて俺達は泳ぎにきているのだ。俺とディーレはとりあえずファイスをなだめる。今日の主役はファイスだからだ。

何故ならファイスは泳ぎというものを知らなかった、森の中の湖は神聖なものとされていて触れることも許されないそうだ。族長だけがあの湖に近づけるのだと言う、今はその偏った教えも改善されているといいのだが、その為にあの実は人の良いサクルトは頑張っているかな。

「また美形の犬かきが見られますねって、きゃー、どうして私が海に――!!」

まず、俺は妙なことを言っていたミゼを海に放り込んだ、ミゼの泳ぎかたは確かに基本ではあるんだが見た目が凄く悪い。よって、ミゼ本人に見本をみせて貰った。

「ファイスあれがまずは見本だ、基本的な泳ぎ方だ。最初はあれから覚えていこう、まずは水になれないとな」
「こんなに沢山の水があるなんて、か、辛い」
「ファイスさん海の水は塩を含んでいるので、そのまま飲んではいけませんよ」
「ゼ―ハー、ちょっと種族をチェンジで!!私をもっといい種族に変えてください――!!」

ファイスはディーレから注意された後、自分で『ウォーター』の魔法を使って口直しをしていた。

ワンダリングという部族が習慣的に魔法を使っていなかっただけで、ファイス自身が勉強を始めると初級の魔法のいくつかはすぐに使えるようになった。

ウォーター』と『ファイア』それに意外だが『浄化ピュア』の魔法である。なんでもワンダリングは魔の森が混じった大森林で暮らしている為、スケルトンやゾンビになる者が少なからずいたらしい。

魔法が使えない場合は徹底的に相手の体を破壊して、それからできる時は火で焼き尽くして灰にしてきたそうだ。全部の遺体がアンデッドになるわけではないし、火葬はあれでかなりの燃料を必要とする。だから、その度ごとに力技で対応してきたらしい。

「私はこの『浄化ピュア』という魔法を覚えたい、起き上がってしまった仲間にまた深い眠りを与えたい」
「ファイスさん、それは私も同じように思っています。頑張りましょうね!!」

ファイスにとってはそのことが辛いことで、動きだした遺体を止めることができると本で読んで貰ってから、それに共感したディーレの指導を受けてわりと早く『浄化ピュア』の魔法を覚えた。

迷宮にも先輩冒険者の成れの果て、スケルトンやゾンビとなって時々襲ってくるので、その度にファイスは『浄化ピュア』の魔法を使うようになった。

「『浄化ピュア!!』……レクス、良かった。この人は動かなくなった、今なら土に帰してあげられる」
「そうだな、他の浮遊霊が入りこまないうちに体を失くしておこう」

………………とまぁ、ここまでなら良い話ではあるのだがスケルトンならメイスの餌食になって粉砕、ゾンビなら生っぽい感じで粉砕していくだけだ。

迷宮で火葬にするわけにはいかない、煙がまわって他の冒険者の迷惑になってしまう。こうしておけばあとはスライムという魔物が勝手に掃除をしてくれる、あいつらは何でも食べる雑食性だ。

こんな調子でファイスは自分が必要だと思えばわりと勉強熱心だった。逆に必要ないと判断するといくら丁寧に教えても進歩がない。今回の泳ぎはどうなるだろうか。

「レクス、レクス。足元がふわふわで頼りない、水に沈むのが怖い」
「まぁ、まずは水に浮いてみろ。体の力を抜いて、仰向けになってみるんだ」

ファイスは水に浮かぶくらいのことはできた、だが泳ぎとなると水に顔を付けるのが嫌らしい。結局はミゼが得意な犬かきを覚えた。それ以外の泳ぎ方は怖くがってなかなか覚えてくれなかった。

「レクス!?何かいる!!うわあぁぁ」
「よし上がれ、確かに何かがいるな、あれは何だ?」
「クラーケンではないでしょうか、魔法銃でも魔法でもいつでも迎撃可能です」
「蛸と烏賊が混じりあったようなモンスターですね」

海に異変が起こったことを察知して、俺はファイスを借りている船に引き上げた。彼がいた水の底の方にはミゼのいうとおり蛸と烏賊が混じり合ったような怪物、クラゲにもにているかもしれない、そんな化け物がいた。

俺達は沖合にでていたが、他にも数隻の船が漁の為に出ていた。ディーレが魔法銃ライト&ダークで岩石弾を撃ち込んでいたが、海の水の抵抗があり底にいる本体には大したダメージにはなっていなかった。

「水面まで上がってきたら魔法で撃ち殺してやるんだが、賢いのか臆病なのか上に上がって……きたか。『追氷岩チェイスアイスロック!!』」
「僕が破壊します、岩石弾です」

追氷岩チェイスアイスロック』は標的に向かって氷が蔦のように伸びていきその相手に届いたら、全体を凍らせてしまうという魔法だ。

ディーレは俺が凍らせたクラーケンの足を岩石弾で狙って打ち砕いた、凍らせたままで衝撃を当てて砕けば水の中でも充分に敵にダメージを与えられたようだ。

「……魔法って凄い」
「そうですねぇ、クラーケンさんは蛸味なのでしょうか、烏賊味なのでしょうか。私としてはとてもそれが気になります」

本体の方は何本かある足がやられたのが気に入らなかったのか、水面まで上がってこずにそのままもっと外海へと逃げていった。ミゼがまたファイスに妙なことを言っている、……出汁をとったら美味いんだろうかクラーケン。

ファイスは魔法の可能性に気がついたのか、そこからは泳ぎの練習も上手くいった。更に泳ぐのにはぴったりの魔法がある、『水中アンダーウォーター呼吸ブリーディング』だ。

「さて、泳ぎの訓練を再開するか」
「う、うん」
「ある程度時間が経ったら、命綱をひっぱりますよ」
「潜水病にお気をつけて、あまり深く長い間は潜らないでくださいね」

ファイスも魔力の量はそこそこあるようで、『水中アンダーウォーター呼吸ブリーディング』の魔法を覚えたら途端に上手く泳ぐようになった。基本以外のいろんな泳ぎ方も覚えることができた、……ミゼが何故か悔しそうにしていた、このダメ従魔は何を考えているのか。

この魔法で注意しなければならないが魔力の残量だ、そろそろ息苦しさを覚えたらゆっくりと上に上がったほうがいい。それにあまり深く長く潜ると潜水病という病気にかかるとか、この魔法を覚えたからといってどこまでも深く潜ってはいけないわけだ。

今日は浅く潜っては食べてもいい貝や甲殻類などを獲ってきて、俺達はその夜また海の幸を味わえた。俺はスープだけだけどな。

ああああ、どうして俺には目の前でぐつぐつと煮える貝や、こんがり焼けている海老が美味しそうに見えないのだろうか。

草食系ヴァンパイアの弱点の一つである、人間の三大欲求である食欲、睡眠欲、性欲のうち俺は全てが中途半端な気がする。

食欲は固形物が食べられない、睡眠欲は普通の人間より少ない時間で活動できる。性欲は…………長い一生になるだろう、そのうちどうにかなるさ。なぜか咄嗟にフェリシアの顔が浮かんだが、ま、交わりたいとか言ってからだろうか。ない、ない、あれはただの好奇心だった。

それより俺の食欲の問題である。ミゼの奴は猫の従魔だが、普通の猫と違って魔物になったから何でも食べれる。主の俺が食べれなくて、従魔のミゼが何でも食べていいって何か理不尽だ。

「レクス、レクス、これ美味しいね。レクスがお腹が弱いなんて知らなかった、私の食事を食べてみない?とても美味しい!!」
「残念ながら遠慮しておく、本当にダメなんだ固形物は……」
「ファイスさん、レクスさんのはもう体質的なものなのです。それも無理強いしてはいけません」
「なんてレクス様お辛い……もぐもぐ……気の毒な……もきゅもきゅ……悲劇で……はぐはぐ……ってレクス様お皿取らないで、まだミゼはお腹が空いております」

一番に俺に従順なはずの従魔が主人の悲哀を感じもせずに、美味しそうに食事をしている様子に軽く殺意を覚えたぞ。

覚えておけよ、ミゼ。今日は許してやったが食べ物の恨みは恐ろしいんだからな。

「うみ、およぐ、かい、えび、やく、スープ、レクス、レクス、文字をこれだけ覚えたよ!!」
「おう、凄い、凄い!!」

ファイスは本当に興味があるものに対しては覚えが早い、今日の海での出来事に関する文字は覚えてしまったようだ。

後は槍術だな、俺は冒険者ギルドで槍術を教えてくれる人材を探して貰った。槍術を教えて欲しいと依頼を出したら、銀の冒険者の一人が引き受けてくれたのだが。

「あたしはレクスちゃんかファイスくんとの一夜で良いわよ」
「………………依頼表にはそんな項目は無い、十日で銀貨30枚の契約だ」

「うふふふふっ、冗談よ、冗談」
「………………」

ファイスの槍術はワンダリングに伝わるほぼ自己流といってもいい技だった。コゼという女性が槍術の指南を引き受けてくれた、時々言動が危なかったが教えてくれる時の態度は真面目だった。この女性は剣術も嗜んでいた。

さすがは銀の冒険者だけはある、俺とディーレも槍術の型くらいは一緒になって覚えた。ファイスと組み手なんかをしてやりたかったからな、実際に基本的な動きのうちは良い練習相手になったと思う。

敵に刺した槍を取られた時の為に、ファイスは武術は俺から、剣術はコゼさんから教わっていた。

勉強とか本を読むのは苦手なようだが、ファイスは体を動かすことは大好きで武術など、鍛錬は黙々とこなしていた。

それでも、ギルドなどにいくと人の多さに戸惑ったり、依頼の交渉など覚えることは沢山あった。ファイスはそれを真剣に、コツコツと地道に学んでいった。

天才型のディーレとは反対である、俺は凡人仲間ができたようで嬉しかった。

せっかく迷宮のあるマアレ国に来たのだ、泳ぎを教えた後はファイスの腕を見る為にゴブリンやコボルトとの集団戦への対処の仕方や、オークなどとの戦い方を教えていった。

「槍を振るいながらも魔法を練り上げろ、そして隙をみて相手にぶっ放せ。そうすれば魔法は強い力になる」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

婚約破棄ですか? 無理ですよ?

星宮歌
恋愛
「ユミル・マーシャル! お前の悪行にはほとほと愛想が尽きた! ゆえに、お前との婚約を破棄するっ!!」 そう、告げた第二王子へと、ユミルは返す。 「はい? 婚約破棄ですか? 無理ですわね」 それはそれは、美しい笑顔で。 この作品は、『前編、中編、後編』にプラスして『裏前編、裏後編、ユミル・マーシャルというご令嬢』の六話で構成しております。 そして……多分、最終話『ユミル・マーシャルというご令嬢』まで読んだら、ガッツリざまぁ状態として認識できるはずっ(割と怖いですけど(笑))。 それでは、どうぞ!

処理中です...