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第十七話 分類できないわけではない
しおりを挟む「霧になることはできなくなったが、オーガ程度なら問題はないからな」
「レクス様のお力なら、オーガとも良い勝負になりますが、霧状になれなくなったのは少々残念でございます」
そう、俺は草食系ヴァンパイアであると同時に高位ヴァンパイアでもあるらしい。人と同じく思考が出来る頭があり、また霧状に姿を変えて敵を倒すことも可能なのだ。
その霧状になるという、いわば俺の必殺技。だがその技を一旦、俺は習得したと思ったのに、掴んだと思った技術は翌日にはもう使えなくなってしまった。今までに俺が霧に変化できたのは二度、どちらも敵というものがいる状態だった。
誰かと敵対していなければ使えない技術なのだろうか。そもそも高位ヴァンパイアとはどうして霧に姿を変えられるのだろう。いや、根本的にヴァンパイアとは一体何なのだ?
そんな疑問を持った高位ヴァンパイアの俺はレコム村での依頼をまずは終わらせ、ぜひうちの娘の婿にとうるさい村長を脅し……、少々強めに説得してきちんと依頼達成の印を押させた。
「そもそも、ミゼ。高位だとか、低位だとか、ヴァンパイアにはどういった種類があるんだ?」
「私もそうヴァンパイアに詳しいわけではありません、ですがまず一つの区切りとしまして、日光への耐性があること。太陽の元で苦もなく過ごせる方々は、高位のヴァンパイアに間違いないと言っていいでしょう」
ふむ、俺はミゼの言葉にとりあえず納得して頷き、街道を人間ほどの力で全力疾走しつつ、その話の続きを待つ。
「他にレクス様が二度行われた変身、霧へ変化が行えれば間違いなくその方は強者。高位ヴァンパイアと言っても良いでしょう、ヴァンパイアの王など真祖にはその力があると言われていますが、私自身がそれを見て確かめたわけではございません。私って本来は愛玩用です、戦闘用の従魔ではないんですよ」
「そこらの猫だって狩りをする生き物なんだぞ、愛玩用などと言い訳して生存競争から、自分だけ抜け出して逃げるんじゃない。それじゃ、高位ヴァンパイアはわかったが、中位と下位ヴァンパイアの違いは何なんだ?」
俺は草食系ヴァンパイアで、なぜか日光も平気な高位ヴァンパイアだ。でも、本来ならばヴァンパイアは、人間の血を吸って力にするモンスターだ。
んんん?それじゃ、血を必要としない俺は、実はヴァンパイアではないのか?何か根本的なところに問題がある気がする、俺の体は一体どういうつくりになっているのだろう。
「ヴァンパイアは全ては真祖、王に従う種族です。高位かどうかは日光への耐性だと申しあげましたが、中位と下位に至っては貴族と平民と同じように考えればいいでしょう。もっとも、下位のヴァンパイアでも人間にとっては恐ろしい相手です。王、貴族、平民とヴァンパイアがおり、更にその下にグールやゾンビといったザコがいるわけです。」
「中位に従うのが、下位のヴァンパイア。要は人間のように王に隷属して生きる種というわけか?この場合のグールやゾンビは平民ですらない、ヴァンパイアになることもできなかった。言い方は悪いが、失敗作とみなしていいのか?」
俺は街道を相変わらず疾走しつつ、『魔法の鞄』の上に作ってある包みの中のミゼの話を聞いている。開拓村にくる馬車を利用してもよかったのだが、あれって乗っている間。結構、暇なんだ。それに俺自身で走った方がよほど速いし、鈍った体を慣らす為の運動にもなる。
ミゼの話をとても簡単に整理してみると、大雑把なヴァンパイアの分類はこうだ。
高位ヴァンパイア:真祖、もしくは日光への耐性を持つ、霧などその姿を変えることができる者もいる。また、ヴァンパイアにも王という存在がいるらしい。
中位ヴァンパイア:高位ヴァンパイアに仕える、日光に弱い。下位ヴァンパイアを配下にもつことができる。人間でいえば貴族。
下位ヴァンパイア:中位以上のヴァンパイアに仕える、日光に弱い。人間で言えば平民。
グール・ゾンビ:ヴァンパイアに吸血されてモンスターと化した、元人間。
「レクス様はとても気性が優しいお方です、他のヴァンパイアは私が見てきた限りになりますが、どの方も恐ろしい方々でした。迷宮でアルラウネと戦闘をされた時、彼女はレクス様を獲物とみなして嬲ろうとしたでしょう。下位のヴァンパイアになることもできなかった、運の無い者達がそういった方の玩具になるのです」
「思考力のある魔物はどいつもこいつも子どもか!?グールやゾンビ、……俺にもあり得た末路だったわけか。そもそも、どうして俺は高位ヴァンパイアになれたんだろうな。なってしまったものは仕方がない、もう人間に戻ることはできないんだから、気にしても仕方がないことではあるんだが」
人間だった俺は中位ヴァンパイアのローズを喰い殺して、高位ヴァンパイアになった。しかも、例外中の例外。草食系ヴァンパイアという、それは吸血鬼なのか?
また、思考はそこへと舞い戻ってしまう、人間の血と植物の生気を入れ替えれば、確かに俺は草食系だがヴァンパイアと言えるが。
「ええと、そもそもヴァンパイアという存在がですね。私もまだ従魔として記憶が曖昧だった時に聞いた話なのですが、永き血のなかに眠る祝福されし者。そう祝福されし者の末裔だと聞いたような覚えがあります」
「祝福されし者?そりゃまた、随分と抽象的な表現がでてきたな。どこかの教会の連中が喜びそうな称号だ、それが怪物であるヴァンパイアにつけられているというのが、皮肉な話としか思えない」
祝福されし者か、どうにもヴァンパイアの印象に似合わない。まぁ、ミゼは最初は下位ヴァンパイアに使い魔にされた。ヴァンパイアからすれば、自分達こそが人間よりも優れた生き物であり、それで誰よりも祝福された者だと思い込んでいるのか。
「さて、ミゼ。ちょっと休憩して食事にしよう、村を出たのが夕方だったから、そろそろ夜がくる。その後、闇に乗じて一気にラビリスまで、街道を走り抜けるぞ」
「それでは、食事は控えめにしておきましょう。レクス様が全力で走られるのなら、……乗り物酔いを起こしそうですので」
このダメ使い魔、完全に俺を乗り物扱いしやがった。夕食の中に唐辛子を突っ込んでやろうか。あれはあれでなかなか、ピリッした刺激のあるスープが作れる。偶に食べたくなるお気に入りの一つである。
まぁ、ダメなところもあるがミゼがいて、助かっていることも多いんだよな。ミゼの奴がいなかったら、今頃俺は一人で自分に何が起こったのかを知ることも無かった。グールやゾンビを始末して、あの屋敷にそのままずっといたかもしれない。
俺自身がヴァンパイアになったことを知らなかったのだから、その能力を利用しようという発想も生まれなかったわけだ。鳥で言えば自分に翼があることに気がつかずに、そのまま走るには向かない足でよちよちと歩き続けるようなものだ。
「うむ、塩とハーブ。いつものスープだが美味い、でもラビリスの料理が食べたい。あのトウモロコシからできた、ポタージュというスープは実に美味しい」
「はふ、はふ、はふ、煮込まれたベーコンも美味しゅうございました。レクス様はお優しい主でございます、私は良い主人を仕えることができ幸せです」
燻製された肉とそこらに生えているハーブ類、とてもシンプルなスープだが美味い。俺達がよく食べる定番の料理だ、固形物が食べれない俺は具である燻製肉は食えないけど出汁が出ていて単純に美味い。
「それではいくぞ、ミゼ!!」
「はい、できればそっとあまり揺らさないように、お願い申し上げます」
俺達は食後に少し休憩をとると、ラビリスの街に帰るべく行動を始めた。俺はミゼの願いにニヤリと笑い、次に魔法を発動させる。
『隠蔽!!』
そして、ミゼを『魔法の鞄』の定位置に入れた後、思い切り両脚に力をこめて俺はその力を解き放った。
「うわわわ、何をなさいますって、レクス様!?………………………………綺麗でございますねぇ」
「ああ、そうだなミゼよ。こんな光景はヴァンパイアにならなければ、ただの村人の俺なら一生見ることもなく、人生が終わったかもしれない」
『隠蔽』で俺達の姿を隠しておいて、俺は背中から翼を広げて空中をどんどん上昇していったのだ。考えてみれば、人間のように街までわざわざ歩いて帰る必要もない。
今日は細い月がかかっている、その月の周りでは宝物庫で見た宝石よりも美しい、そんな星々がキラキラ瞬きを繰り返していた。夜を包む暗い闇が深ければ深いほど、その小さく光り輝く星々がより一層のこと美しい。
俺がヴァンパイアになることで得た翼で、空をその美しい光景を眺めながら上昇していった。ただの村人であった俺ではできなったことだ、こうして空中を舞うのはなかなかに楽しい。何とも言えない、普段がんじがらめにされている何かから、開放されたような気持ちになる。
暫くすれば、少し遠いがひと際、灯りの多い地域が見えてきた。方向からしてあれがラビリスの街だ。俺はその光を目指して、風の中を泳ぐように飛びはじめた。
「人として一生を生きるのも悪くないが、こんなに美しい光景が見られるのなら、草食系ヴァンパイアも悪くない」
俺は本当に美しい夜空を見ながら空の旅を楽しむ、人間ならば二、三日かかるような距離でも、今の俺なら月が少し傾くほどの時間で移動できる。まったく、草食系ヴァンパイアとは素晴らしい。
「まぁ、人間でも魔力の強い方でしたら、上級魔法の『飛翔』で同じことができるので、ヴァンパイアだけの楽しみというわけではございません」
………………その一言は余計だ、ミゼ。草食系ヴァンパイアになったことで得られた恩恵に感動していた、俺のさっきまでのとても良い気分を返しやがれ。
やっぱり、こいつはどこか残念な従魔だな。そろそろ、手に入る『中級魔法書』『上級魔法書』と引き換えに、やっぱりシアさんに押し付けて従魔猫生を終わらせてやるか。
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