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第一話 結婚なんかしたくない

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「なによ、あんた小作人の分際であたしに逆らうって言うの!?」
「………………前から断ってたし、マリアナだったら他にいくらでもいい相手がみつかるよ」

「馬っ鹿っじゃないの!!うちの田舎でもう婚姻してないのは、私達くらいなの。むしろ、あんた程度とお父さんが村長のあたしが結婚してやること、それに感謝して気の利いたことの一つも言いなさいよ!!」

俺は住んでいる田舎の寒村で、最悪な幼なじみの女と言い争いをしていた。いや、正確に言うのならば、この女が勝手に怒って自分の理屈を俺に押し付けようとしていた。そんな馬鹿女マリアナに対して、俺はいつものようにため息をついた。

一方でマリアナのほうは勝ち誇った笑みを浮かべており、俺がこいつに謝罪するのは当然の出来事で、そのうえ更に俺から頭を下げて求婚しろ。恐らくはそのようなことを考えていやがる、唇の端をあげて歪みきった醜悪な笑顔をしている

「………………」
「そうそう、最初から素直にってちょっと、あんた!!」

俺は何を言っても納得しようとしない彼女を見て、すっと一瞬だけマリアナに近寄り、その行動に勘違いした馬鹿女が喜色を浮かべた隙をみて、さっと体をひいて自分の家に入ってしまった。

そのまま置いてきぼりにされた馬鹿女マリアナは、烈火の如く怒って俺の家のドアを叩き続けた。

「何すんのよ、あんた。村にいられなくしてやるから!!どうやっても逃げられないわよ、成人の儀だってさぼったら父さんに言って、こんな家ごと潰してやるからね。わかった?あ、あんたは私の言うことを聞いてればいいのよ!?」

ドンドンドンドンと家の玄関である薄い扉を叩く音が暫くは聞こえ、それが止むと俺はまた一つため息を吐いた。

「ああ、本当にもうこの家ごと、痛くないように潰してくれればいいのに……」

俺は静かになった玄関の扉に背を預け、ずるずるとそのままそこに座り込んだ。あの女の言っていることにも一理あるのだ、この寒村で適齢期の男女は俺達の二人しかいない。

もっと年上の男性ならいるが、あの女はこの寒村の村長の娘であり、またこの俺に何故か昔からかなりの執着をしていることは間違いは無かった。

俺は憂鬱な気分になり、何も目に入れたくない気分だった。暫くは座り込んだままで、そのまま力なく座り込んでいた。

俺の名前は、レクス・ヴィーテ・ニーレ。平民だけど苗字があるのは御先祖さまの誰かが貴族だったからなんだという。
もっとも、公式には認められない我が家の秘密ってやつだ。更に言えば、ただの慣習と化した貴族だったんだぞという、誇りの残骸でもある。

だから村の連中も、俺自身も普段はレクスとしか名前をつかっていない。こんなに長い名前をいちいち呼ぶのも面倒だからだ。

「マリアナのいじわる女、あんなんが女房だったら、もう死んだ方がマシだ……」

俺は黒髪に黒い瞳、それだけなら別にどうということのない少年だと思う。ただ、俺にとって不幸だったのは、平民としてはかなり良い顔を持って生まれてしまったことだろう。

小さい頃からその容姿を、村の連中によく褒められた。最初は俺も素直にその賞賛を受け入れていた、幼かったし褒められるのが単純に嬉しかったのだ。

寒村で休むことなく働くおかげで、体も必要な筋肉だけがついている。身長も今では村の中でも一、二を争う長身であり、体格にも俺は恵まれて育った。

マリアナの容姿はいたって普通だ、良くも悪くも無い濃い茶色の長い髪をした女だ。俺にしてみれば、いじめっこの親玉であり、どんな容姿であったとしても嫌悪の対象でしかない。

「男女、男女、なよなよしてて気持ち悪いって散々いじめやがったくせに……」

しかし、幼い頃から近所の連中から、可愛らしいと言われて育った俺は、運の悪いことに同じ年齢の村長の娘。マリアナに一目で気にいられてしまった、そしてその日から俺にとって辛い毎日が始まったのだった。

「あなた、レクスって言うんでしょ。私が今から遊んであげるわよ」
「はぁ!?……悪いけど、これから俺は仕事があるんだ」

俺は今は平民とはいえ、先祖代々貴族時代の残った知識。このような田舎の寒村では貴重な文字の読み書きや、税の計算をする家系に育っていた。

村長の家ほどに裕福ではなく、普通の村人の子どもと同じように働く。また、読み書きや計算の勉強。それに加えて俺には家の手伝いなどがあったのだ。

でも、それを幼いマリアナは理解できなかった。好きと嫌いは紙一重の感情だ、彼女自身には時間があり、また村でも経済的に少し余裕がある子どもと一緒に俺に、それはもう嫌がらせを繰り返した。

マリアナ本人はそれで俺が頭を下げて、仲間にいれてくださいとお願いしてくると思っていた。だが、俺はマリアナや他の子どもに興味が持てなかった。

俺自身が両親に言われたがちょっと変わった子どもでもあった、俺にとっては煩わしい近所のいじめてくる子どもたちよりも、難しい言語の習得や計算の方に魅かれていった。

「今日はマキ割りをしないといけないから」
「水をくまないといけないんだ」
「文字の勉強がある、計算だってまだまだ足りない」

「いい加減にしてくれよ、少しは自分の家のことを手伝ったらどうだ!?」

最初は何かと理由をつけてあしらっていた俺にも、いい加減に我慢の限界がきた。だから、怒りの感情に任せてマリアナに怒鳴りつけた。

その日から堂々と村の子どもと俺は対立するようになり、小さな嫌がらせが頻繁に行われた。

俺は次第に家の中か、村の近くの森。狼などもいておかしくはない危険な森だったが、村の中の無知で残酷な人の皮をかぶった狼よりは良いかと思い、そうやって外を出歩くようになった。

そんな無謀な行動にでた俺だったが、森の中での行動は慎重に動いた。出来るだけ気配を隠して動き、動物や植物、季節の移り変わりを真剣に観察し続けた。

その結果、数年もすれば熟練の猟師のように偶には狩りをして、静かに森で過ごすようになった。森は何故かいつも、俺には安心できる優しい場所だった。

そして、そうした努力の結果、まだ幼かった俺の周囲は暫く平和になった。

次に俺に訪れた転機は、両親が亡くなったこと。父さんは他の村に何かの集会に行った帰りに夜盗に襲われて亡くなった。母さんは父親が亡くなった後に、少しずつ増えた労働に耐えられなくなり俺が14になってからこの世を去った。

「…………ゆっくりおやすみなさい、父さん、母さん」

俺は両親が亡くなった時も騒ぎ立てたり、取り乱したりはしなかった。ただ、悲しいと、寂しいという事実を淡々と受け入れたのだ。

幸いにも俺は同世代の男共よりも体格が良かった、どうもこっそり狩りなどして肉を多めに食べていたのが良かったのかもしれない。

だから、引き継がれた耕地も、俺一人分なので半分になってしまったが、器用に一人で黙々と仕事をしていた。すると今度は俺の周りが一人前だと認め、早く結婚するようにとすすめはじめたのだった。

俺にとってはそれがまた憂鬱な日々のはじまりだった、俺は放っておいて欲しかったのだ。俺がもっと大人になっていれば話しは違っていたかもしれない、でも俺は力はあるが、まだ結婚するような気にはなれなかった。

加えてこの村で結婚するのなら、相手がマリアナになる確率が高かった。確かにお似合いの年頃だったのだ、それに加えて俺は村の子にいじめられていたから、他の村の子に親しい奴がいなかった。

マリアナにしてみても、昔から気にかけていた俺の結婚の話を聞きつけて、喜色満面と言った様子で両親の葬儀からまだそんなに時間も経っていないのに、無神経に一番最初に俺のところに押しかけて来た。

「俺はまだ当分、結婚はしない」
「俺にはまだ早い」
「仕事があるんだ、帰ってくれ」

「例え、結婚するとしてもお前だけはごめんだ」

まるで子供の頃の再現劇のようなやりとりだった、この会話の後から俺は今度は村の大人の方からやんわりと、マリアナとの婚姻をすすめられるようになり、それは俺にとって受け入れがたい出来事だった。

「なにが悲しくて子どもの頃から、水ぶっかけられたり、石なげられたり、仕事の邪魔しやがったり、散々こっちに喧嘩うってきた馬鹿女と……、くそっ、でも結婚しないとそれはそれで、村八分になるんだろうなぁ。ほんっと、邪魔な奴!!」

生まれた時から人生の終わりまで、そう見えないレールがしっかりと俺の前に敷かれてしまっている。これは村人なら皆揃って、ほぼ同じような道しか敷かれていなかった。
そのレールを外れることはできるが、それは緩やかな死を意味するのだった。村という小さな社会というものは、閉鎖的であればあるほど、時に異端者に対して厳しい。

「…………明日は成人の儀か」

15歳になるとこの世界では大人だとみなされる、そこで村の村長から皆の前でその事に祝いの言葉がかけられるだけの儀式だ。これは収穫祭と共に行われ、文字通りこの簡単なお披露目会が終われば、それで成人とみなされるのだ。

あのマリアナの様子からして、俺とそこでそのまま婚約発表をされるかもしれないと思った。村長にとっても報告書を書いたり、税の計算ができる俺は義理の息子にして損のない相手なのだ。そして、父親としてあの馬鹿親父は娘に甘かった。

「誰でもいいから、俺の代わりにあいつと結婚してくれ」

俺の心からの願いを、そんな都合のいい願を聞いてくれる者は誰一人として、その場にいなかった。
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