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4-23慰霊祭を見守る

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「ジェンド、一人前の男として他の何を捨てても、自分と大切な女だけは守り抜けよ」
「うん、分かった。俺は自分とエリーを守り抜く」

 そうして次にマーニャがどう出てくるかという話になった、エリーさんはいつになるか分からないがきっとマーニャ本人がやってきて、ジーニャスさんを要求すると言った。ジーニャスはまだマーニャに負けたという恐怖があるはずだ、彼は10日もマーニャと何百匹ものフェイクドラゴンに囲まれて過ごした。けれどいつまでも負けっぱなしではいない、そんな人間がジーニャスだった。

「リタと俺は別宅へ移ろう、マーニャが襲撃した時に二人一緒にいた方が良い」
「ええ、わかりました。ソアン、君はかなり危険だけれどどうする?」
「私を置いていかないでください、もちろんお供致します。リタ様」

「それから政務が滞っているからそれを片付ける、近々フェイクドラゴンに殺された者の慰霊祭もするそうだ」
「慰霊祭、初めての行事ですね。それは一体どんなものなんですか?」
「……それだけ多くの人がフェイクドラゴンに殺されたんですね」

「慰霊祭とは神殿が神に向かって祈りを捧げ、その神殿が売っている灯を皆で川に流すというものだ、俺は領主の代理としてこれに参加しなければならない」
「とても静かな行事のようですね、そこをマーニャさんに狙われないといいですけど」
「向こうにはこっちの情報、どのくらい伝わっているんでしょう」

「俺とリタ、腕輪を持っている者のことは伝わっているだろう。腕輪から人が離れた時が、それを取り戻す絶好の機会だからな」
「以前に腕輪を人に預けた時は誰かしらが腕輪の傍にいたから、そうか腕輪を誰かが所有していると三つ目の腕輪でも取り返せないのか」
「三つ目の腕輪って何でもできるようで、いろいろと制約があるんですね」

 右手の腕輪はかの地へ行く腕輪、左手の腕輪はこちらへ戻る腕輪、そして三つ目の腕輪は他の二つの腕輪の回収装置なのだ。でも誰かが右手と左手の腕輪を持っているとその力は働かない、腕輪の近くへ小さなものを送り込んだりはできる、おそらくはマーニャ自身も現れることができるはずだ。慰霊祭にジーニャスが参加するなら、その間だけは左手の腕輪をソアンが預かることになった。

「要するに持っていれば盗られないんでしょう、でしたら慰霊祭の間は私が左手の腕輪を預かります」
「神殿でフェイクドラゴンが出たら大事になる、ソアン。危険だけど、いいんだね」

「はい、リタ様。私は大丈夫です、慰霊祭の間だけです。その間ずっと左手の腕輪を体から離しません」
「何か遭ったら僕が君を守るから、僕の傍を離れてはいけないよ。ソアン」

「はい、だから大丈夫だと信じてます。リタ様、私はリタ様のお傍を離れません」
「分かった、ソアン。それではジーニャス慰霊祭の間だけ、二つの腕輪を僕たちが預かります」

 こうしてしばらく二つの腕輪は僕とソアンが管理することになった、何か遭ったらいけないから腕には着けないが、お互いに体からは離さずに二つの腕輪を持ち歩いた。慰霊祭の準備で皆は忙しくなった、ジーニャスは更に増えた書類に埋もれていた。ジェンドはエリーさんから人間の行事について、細かく教えてもらっていた。

 元々慰霊祭は毎年やっているということだった、普段なら静かな行事で参加する人も限られていた。その年に亡くなった人の家族が神殿から灯を買うのだ、その灯は亡くなった人の魂でそれを川へ流すことで、その人を失った悲しみや苦しみも一緒に流してしまうのだ。とても静かな行事でいつもなら大したことではなかった、でも今年はフェイクドラゴンに襲われて亡くなった人が多かった。

「特に商人が多いです、商隊が何度も襲われましたから。リタ様」
「そうだね、マーニャの暴挙を防ぐこと、それはできなかったんだろうか」

「そうですね、それはマーニャさんが暴走する前に、ジーニャスさんがマーニャさんを思い出して花束でも抱えて、優しく彼女を迎えにいかない限り無理でしたでしょう」
「マーニャはジーニャスに忘れられていたことに怒っていた、ソアンの言う通りにでもしない限り無理だったんだね」

「いくらジーニャスさんでも幼い頃にした契約です、そんな小さかった頃の婚約者を思い出せというのは難しいです」
「確かにそうだ、いつかは起こる事件だった。未然に防ぐ機会はあったけれど、誰もそこまでできなかったんだ」

 僕とソアンは神殿に近づかない方が良いから、高台にある領主の別宅から街を見ていた。慰霊祭の夜はとても静かだった、やがて街を流れる川沿いに小さな灯が流れ始めた。僕は鎮魂歌をその光景を見て歌った、一緒にいるのはソアンだけで静かな夜だった。失われてしまった命とその魂が世界の大きな光に帰れるように僕は歌った、ソアンはそれを静かに聞いて亡くなった人たちを見送った。

「無事に皆、世界の大きな光へ帰れただろうか、ソアン」
「リタ様の鎮魂歌付きです、きっと帰れましたよ」

「ソアン、君はまだ帰ったら駄目だよ。……できればずっと僕の傍にいて欲しい」
「はい、リタ様。私もずっとお傍にいたいです」

「僕は待っているから、ソアン。ゆっくりと考えなさい」
「ありがとうございます、そう言って貰えて嬉しいです」

 とても静かな夜だった、暗闇に小さな灯が増えていって、やがて川沿いに流れていった。僕はソアンに触れていないと不安で、彼女を軽く抱きしめながらその光景を見ていた。ソアンも僕の腕にくっついていた、あまりに静かで暗い夜だったから、お互いにそこにいるのだと確かめ合った。僕やソアンがああやって世界の大きな光に帰るには早い、できれば天寿を一緒に全うしたいものだ。

 そうやって静かな夜を過ごしているとその静寂がふいになくなった、右手と左手の腕輪からマーニャの声が聞こえてきたのだった。僕とソアンは傍を離れずに戦闘態勢をとった、マーニャが二つの腕輪のどちらかから出てくるかと思ったのだ。でもマーニャは現れなかった、代わりに二つの腕輪と僕たちを包んだのは深い闇だった。

「…………あたしの絶望を知るといい、まずはあんたたちからよ」
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