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4-13ドラゴンの研究家が現る

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「あはははっ、愛って嘘でしょ。あたしはジーニャスをもっと深く想っているわ」

 女子会と称してソアンとエリーさんがマーニャと近づいてみた、マーニャは久しぶりに一緒に飲んでくれる女の子がいて嬉しいのかよく話した、僕やジェンドは離れた席で密かに様子をうかがっていた。マーニャは強めの酒をぐいぐいっと飲んでいた、ソアンも同じものを飲んでいたが顔色が変わらなかった、エリーさんもドラゴンだけあって人間の酒くらいは効かないようだ。

「大体、思い出さない方が悪いのよ。つまり、ジーニャスが悪いの」
「そうなんですか」
「何を思い出して欲しいんです」

「あたしがいたんだっていうこと、短いけど確かにいたんだっていうことよ」
「いや、随分と長いつきあいになってるようですけど」
「そうなのですか、長いお付き合いなのですか」

「思い出して欲しいのは前のことなの!! ずっと前のことよ!!」
「ミーティアさんの結婚式から、かれこれ2カ月軽く過ぎましたね」
「まぁ、そんなに少し前のことですの。では最近のフェイクドラゴンはどう思います?」

「フェイクドラゴン? ああ別に珍しくないトカゲね。ドラゴンの気品がないわ」
「確かに実際は空を飛ぶトカゲですね」
「あれをドラゴンと呼ばれるのには、かなりの抵抗がありますわ」

「そうよ、ドラゴンってもっと強くて、そして誇り高いカッコいい種族なにょ……」
「ああ、潰れちゃった」
「アルコールは沢山とると、体に悪いですから」

 その時のマーニャは珍しく酒瓶を2本空けていた、そうして酒場の一角で眠ってしまった。彼女の腕から綺麗な腕輪が落ちて転がってきた、僕はそれを拾い上げて古代文字が書かれていることに気づいた。遺跡の品かもしれないからまた落とさないようにソアンに渡して返してもらった、マーニャは店主に頼んで宿屋の一部屋で休んでもらうことになった。

 妙にジーニャスを恨んでいるから犯人である可能性を考えていた、だが彼女はかなりの酒を飲んでも、ジーニャスに思い出して欲しいしか言わなかった、酔っぱらっている時のほうが本音が出る。フェイクドラゴンをトカゲと呼んでいたり、ドラゴンに対して憧れがあるようだった。彼女くらいに強ければフェイクドラゴンはトカゲに過ぎないが、普通の人間にしてみたら熊に遭うようなものだった。

「ソアン、お疲れ様。エリーさんもありがとうございます」
「はい、リタ様。でも、有益な情報は何も聞き出せませんでした」
「ジーニャスという人間を恨んではいます、でも犯人なのか分かりません」
「エリー、俺も酒を飲んで良い?」

「他にジーニャスを恨んでいて、接触してくる人間は誰だろうか」
「ジーニャスさんに表にしてもらわないといけませんね」
「ジェンド、お酒はね。もっと大人になってから、毒だって分かってから飲みなさい」
「うっ、分かった。もう俺は酒は飲まない、毒だから飲んじゃいけないっと」

 マーニャは昼間から飲んでいて、酔いつぶれてからかなり経って、夜になると飛び起きてきた。そうして僕たちを見つけると、その第一声がこうだった。

「ねぇ!! 右手にしていたあたしの腕輪を知らない!?」
「ああ、それなら落とされたので、左腕に返しておきました」

 ソアンにそう言われてマーニャは左腕の腕輪を確認した、そうして右腕に付け直していた。どうも大切な腕輪らしい、古代文字が書かれていたことからして年代物だ。もしかしたら古い遺跡の出土品で、かなりの値打ちがあるものかもしれなかった。マーニャは実家から持ってきた母の形見だと言った、なるほどそれなら起きてすぐ取り乱すのも頷けた。

「実の母の形見なのよ、他の物はみ~んな継母が取り上げちゃった、父もあたしの味方じゃなかった」
「そんなに大事な物なのですか、それならあまり酔っぱらわないほうがいいですよ」

「そうね、酒は1本までにしておくわ。今日は楽しくて、少し飲み過ぎちゃった」
「くれぐれもお気をつけて、大事な物なら失くさないようにしないと」

「それにしてもソアンちゃんが酒に強いのは、ドワーフとのハーフだからわかるわ。でもエリーさんって貴女……」
「エリーさんはジェンドの保護者で、酒に強いのは体質じゃないかな」

 僕がマーニャにそう答えると彼女はジェンドやエリーさんをじぃっと見ていた、特に最初はジェンドの方を見ていたが、やがてエリーさんを観察するように見た。今度は何を言いだすだろうかと僕が思ったら、マーニャはとても鋭いことを言いだしたので焦った、彼女はいきなりこんなことを言いだしたのだった。

「あたし、ドラゴンの研究家でもあるの。知ってるかしらドラゴンって知能が高くて、時には人間に紛れていることもあるのよ」
「あらっ、私はドラゴンのようですか。そんなに褒められると照れてしまうわ」

「特にドラゴンは酒に強くて、中にはお酒が大好きな個体もいるんですって」
「はぁ、私はお酒には強いですが、お付き合い以外では飲まないですね」

「あたしいつか本物のドラゴンに会ってみたいの、会いたい!! 研究したい!! ドラゴンは人間にとっては宝物よ!!」
「ふふふっ、随分とドラゴンがお好きなんですね。いつか、会えるとよろしいですわ」

 マーニャのドラゴンではないかという追及を、さすがに経験豊富なエリーさんはやんわりとかわしていた、長い経験で人間との付き合いにも慣れているのだ。反対にジェンドの方は固まってしまって、ソアンがこっそりと背中を叩いて落ち着かせていた。マーニャは思いつきで言ったのか、どこまで分かっているのか分からないが、この場での追及は諦めたようだった。

 宿屋の店主に部屋を借りた代金を払うと彼女は家に帰っていった、僕はマーニャがエリーさんやジェンドへのドラゴンではないか、そういう追及を諦めてくれてほっとした。特にジェンドはそう言われて固まってしまっていたし、ドラゴンを知っている者が見れば分かりやすかった。マーニャとジェンドを二人きりにはしないでおこう、そう皆で決めてジェンドもうんうんと素直に頷いた。

 しかしマーニャがドラゴンの研究家だったとは知らなかった、だからフェイクドラゴンをトカゲなどと言うわけだ。若くて名乗りを上げたい冒険者の間では、フェイクでもドラゴンはドラゴンだ、などと勝手にドラゴン殺しなどと名乗っている者もいた。本物のドラゴンの恐ろしさも知らないで、随分とのんきなものだと僕は思っていた。

「しかし、困った。フェイクドラゴンを呼び出している術者が分からない」
「そうですね、リタ様。国に登録していない、上級魔法が使える人間なんでしょうけど」
「あのトカゲのおかげで、孤児院が困るから嫌だ」
「そうですわね、フェイクドラゴンは繫殖力が強いから、もしかしたら捨てているのかしら」

「フェイクドラゴンを捨てている?」
「そんなに簡単にポイしていいものじゃないですよ」
「あれはトカゲだからな、要らなくなれば捨てるかも」
「ええ、似てはいてもドラゴンではないので、本当に捨てているのかも」

「そうだとしたら、街道だけじゃなく森の奥なんかにもいるかもしれない」
「森の奥とかだったら、フェイクドラゴンがいても誰も討伐依頼を出しません」
「そうだな、そうして放っておくとあのトカゲはまた増える」
「異常個体も出てきます、ジェンドから聞いた黒いドラゴンがそれかと」

 これは大変なことに気づいてしまった、ジーニャスに近隣の森も調べてもらわないといけなかった。そうして貰おうとしたが、翌日久しぶりに僕の病気の症状が出た。朝から起き上がれないという状態になった、だからソアンにジーニャスと話してくれるように頼んだ。ジェンドとエリーさんは僕の病気のことを聞いて、万が一があってはいけないからとジェンドが傍に残ってくれた。

 ソアンとエリーさんは一緒に領主の館へ出かけていった、ジェンドは僕の病気のことを聞いて驚いていたが馬鹿にしたりはしなかった。ジェンドはエリーとまた一緒にいられて嬉しいと言っていた、そうしてどうやったら格好が良い大人の雄になれるかと聞いてきた。僕は親友のディルビオから聞いた話だったが、好きな女の子がいるのなら焦らないことが大切だと言った。

「そっか、俺は我慢する。エリーが凄く好きだけど、我慢して返事を待つよ」
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