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3-32 第3章 最終話 そうして愛に気づかされる

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「とても良いお天気です、良かったですね。リタ様」
「ああ、そうだね。ソアン、とても良い日だ」

「お墓参りには晴れの日が良いです、雨だと心までなんだか落ちるようで」
「確かにそうだ、今日は良く晴れた良い日だね」

 僕とソアンはその日は久しぶりにティスタやアウフそれにイデアの墓参りをした、別々の場所にあるので良い運動にもなった。途中に桜並木などもあってソアンが大喜びをしていた、桜が舞う木々の中でソアンはとても美しかった。相変わらず可愛い僕の養い子だった、あの日僕たちの関係は変化したと思ったが、それからはそれほど前に進んでいなかった。そうして、僕たちはそれぞれの墓前に立った。

「やぁ、また会いに来たよ」
「リタ様と一緒に、また来ました」

 ティスタの墓の前では僕は自分を好きになってくれてありがとうと思った、僕のことを初めて好きだと言ってくれた異性だった。頑張り屋で優しくて勇気がある女性だった、僕はほんの少しだけティスタと別れたことを勿体ないと思った。本当に僕には勿体ないほど、とても素晴らしい女性だった。彼女の繕ってくれた服が温かかった、できる限りはこの衣服たちは使い続けていたかった。

 アウフの墓の前では恋に一生懸命だった少年を思い出した、ミーティアを見守るのをずっと続けていたり、イデアからきっぱりと振られてもまだ立ち向かっていく元気な少年だった。彼のイデアとの約束は僕が守ることができた、イデアが殺した死者はアウフで最後になったからだ。イデアはこんな形だったが、アウフとの最期の約束を守った。

 イデアの墓の前では僕を最初に見た時の嬉しそうな顔を思い出した、同族を人間たちに殺されて同じエルフである僕たちを同族だと歓迎して笑ってくれていた。歌っている時も綺麗だった、その歌声は今でも耳にまだ残っていた。それからアウフと二人がまだ喧嘩をしている様子を思い浮かべて、僕は思わず墓前で笑ってしまった。そしてどの墓の前でも死者が安らかに眠ってくれるように願った。

「わぁ、とっても綺麗な桜だね。ソアン」
「リタ様、こんなに見事な桜がこんなところに」

 そんなことがあった帰り道だった、桜の季節なのに街の人気のないところに、一本だけとても大きく美しい桜の木があった。僕たちは思わずその場で立ち止まった、桜が大好きなソアンもその木に見とれていた。でもやがてお墓参り中は落ち着いていたソアンがソワソワとし始めた、そうしてソアンが僕を見ながら真っ赤な顔をしてこう言いだしたのだ。

「あのですね、リタ様。吊り橋効果というものがありまして……」
「つりばしこうか?」

「異常な状況に置かれた男女は勘違いをして、それが恋だと思い込んでしまうそうです」
「ええとつまりは僕がソアンに対して、恋だと感情を勘違いをしているということかい」

「はい、そういう説もあります。ですから、リタ様よく考えましょう」
「そうか、確かによく考えるのは良いことだ」

 僕がそういうとソアンはほっとしたような、でもちょっとがっかりしたような顔をした。僕はソアンが言ったことをよく考えてみた、でも僕の気持ちは変わらないような気がした。だがいきなり養い子から女性扱いされるのは、よく考えるとソアンにとって怖いことかもしれなかった。僕も男性だからそういう異性へと性的欲求があるが、それをいきなりソアンに向けるのは気が引けた。

「分かった、ソアン」
「分かっちゃいましたか!? リタ様!?」

「確かにソアンにいきなり僕の欲求を、異性としての愛を押しつけるのは早過ぎる」
「え? そ、そんなまぁ早いというか、むしろ遅いような、ああ、今日も推しが優しくて眩しい!!」

「でもソアンも考えておくれ、僕が君に恋をしているかもしれないってね」
「はい、リタ様。もちろんよく考えます!! 決して忘れたりしません!!」

 僕たちは青い空の下で誰もいない道の真ん中で一緒に笑った、僕の感情が恋ではない可能性があると知った。でも僕はそうではないと思っている、ああ今も笑っているソアンのことが愛おしいと思うのだ。そうこのままキスをしてしまいたいくらいソアンが愛おしかった、でもソアンが僕によく考えてくださいと言ったから、僕はよく考えてみることにしたんだ。

「それからソアン、僕がよく考え終わるまで、ずっと傍にいておくれ」
「もちろんです、いつまでだって私はリタ様の傍にいます!!」

「本当に? 逃げちゃ駄目だよ」
「むう、私は逃げたりなんてしません!!」

「そうかな、僕がこんなことをしても?」
「――――――!?」

 そう言うと僕は我慢ができなくなって、ソアンの頬にそっと触れるだけのキスをした。ソアンはそうされて真っ赤な顔になって固まってしまった、これは確かに僕の欲求を今のソアンで満たすのは無理そうだ。ソアンはしばらくそうして固まっていたが、やがて真っ赤な顔のままで僕の胸をボカボカっと、思いっきり力を入れて叩きながら抗議してきた。

「リタ様、よく考えてくださいって言ったでしょう!!」
「けほっ!? よ、よく考えたんだよ、ソアン」

「だったら、どうして!?」
「でも、君が可愛くてちょっとだけ欲求に負けたんだ」

 更にソアンは真っ赤な顔になって僕を置いて街に向かって歩きだした、あんまり早く歩くものだから僕は慌てて彼女を追いかけた。そうして追いついて横に並んで歩きだした、ソアンもそれ以上逃げたりはしなかった。今日はつい欲望に負けてしまったが、僕もよく考えることにしようと思った。ソアンとの今まで通りの良い関係を壊したくなかった、そういう考えも確かに僕の中にあったからだ。

 しばらくするとソアンの赤い顔も元に戻ってきた、そうしてチラッチラッと僕の方を見るから、何だろうとソアンを見つめてみた。そうしたら子どもの時のようにソアンが僕の手を握ってきた、これは子どもだったソアンが不安な時によくすることだった。僕は優しくでもしっかりとソアンの手を握り返した、何も不安になることはもうないと彼女に向かって笑いかけた。

「リタ様、私はずっと待っています」
「ああ、分かった。僕もきっともうすぐいけるよ、ソアン」

 そうして僕たちはお互いの顔を見てまた笑った、今度のそのソアンの笑顔も眩しくて、僕は心がどこかに落ちたような気がした。そう今だって僕はソアンと恋に落ちたのかもしれなかった、それくらいに僕の心が激しく動いた。でも嫌な気持ちは少しも起きなかった、まるでそれが当たり前のように受け入れられた。ずっと今までもそうだったかのように、そしてこれからもそうであるかのように思えた。

 恋とは落ちるものだと母は言っていた、それはそのとおりかもしれなかった。そして、僕の恋が叶うのかと考えるとソアンには好きな者がいるのだから難しい、だから苦しいがでも幸せな気持ちになった。恋とはそんなものかもしれない、そうしてある日ふと自分の心に気がつくのだ。皆もこんな気持ちになれれば良かった、そうすれば深淵の化け物になる者など誰もいなかった。

 ある日、ふと自分の心に気がついて欲しい。そうすれば新しく眩しい愛という感情と出会えるかもしれない、苦しいこともあるが幸せな気持ちになれるのかもしれないのだ。
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