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2-32旅立ったと言われている

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「それに加えて俺を二度殺しかけたことで、……兄上は処刑されることになった」

 ジーニャスは本当に暗く辛そうな顔をしていた、愚かな兄でも生きてさえいれば変わる機会があった。でもフォルクにはその機会も奪われるくらい酷いことをした、そうしてフォルクは変わることもなく、愚かで傲慢なままで死んでいくのだ。ジーニャスはそれを話すまでは暗い顔をしていたが、言ってしまった後には寂しさは隠せなかったがなんとか笑っていた。

「それよりもお前たちにはたっぷりと褒美がでるぞ、それからリタにはぜひ依頼したいことがある」
「ジーニャス、お兄さんの……いえなんでもないです。褒美は有難いことですが、依頼とは一体何でしょうか?」
「もうデビルベアの王と戦うからついて来い、そんなこわ~い依頼は嫌ですよ!!」

「ふはははっ、心配するな。俺が正式な跡取りになるので近隣の貴族を招いて宴を開く、その宴でシャールに歌ってやったように皆に歌ってくれればいい」
「ああ、そういう依頼なら喜んでお引き受けいたします」
「え!? 嘘!? アニソンをお披露目のパーティで歌っちゃうの!?」

「どうかしたか、ソアンよ。リタの歌なら何を歌わせても大丈夫だ、歌ってもらう曲はこの国の歴史や我が家の成り立ちだな」
「それは少し練習が必要です、ぜひゼーエン家の歴史について学ばせてください」
「良かったぁ、さすがにアニソンは場違いだよね。いや、でも日本が誇る素晴らしい文化でもあるんだ!!堂々と胸を張れ、私!!」

 それから翌日にフォルクの裁判が行われたが僕とソアンは行かなかった、街の民衆は兵士や魔法使いの家族などがいてかなりの人数が集まったらしかった。裁判は一日で終わって王家にも許可をとり十数日後には処刑が執り行われた、フォルクは最期まで自分の非を認めようとしなかったらしい、往生際が悪く脱獄を試みたとも噂で聞いた。兵士や魔法使いの遺族など怒っていた民衆は処刑を喜んだ、フォルクは最期まで誰かを悪者にして叫び続け、絞首刑だったが処刑人の手を煩わせたとも噂になった。

 それに対してジーニャスはデビルベアの王を、あの化け物を退治したことで民衆からの人気があがった。デビルベアの王の毛皮はなめされて剥製にされ、出来上がったら荷馬車に乗せられて街を一周まわって運ばれ民衆の話題になった。そして最後には領主の館に入ってすぐの正面に、まるで生きているような置物として飾られた。普通の熊の倍はあるだろうその姿に、よくこんな化け物を退治できたと僕は今更ながら思った。シャールはびっくりして怯えていた、その姿に対して皆で大丈夫だと教えていった。

「フォルク兄さまはどこでしゅ?」
「………………シャール、フォルク兄上は無事に助かった。だがすぐに遠くへ旅立たれたのだ、また俺たちが会えるのはずっと後になる予定だ」

「フォルク兄さまは一人で行ったでしゅか?」
「いや、大勢の剣士や魔法使いを連れていたれた。今頃はどこだろうか、いつか俺たちも行く場所にいかれたのだ」

「そうでしゅか、お一人でないのなら安心でしゅ!!」
「ああ、兄上は一人ではない。もうずっと一人ではないさ、きっと今頃は皆に叱られているかもな」

 フォルクが死んだことをジーニャスはシャールにこう伝えていた、僕がお披露目の宴のために歌の練習をしていた合間のことだ。ジーニャスはフォルクが決して亡くなったとは言わなかった、幼いシャールのためでもあるがジーニャス自身もそう信じたいのかもしれなかった。ジーニャスの心情を思うと僕は泣きそうになった、僕だってソアンが世界の大きな光へ帰ってしまったら、大事な家族を失ってしまったら泣き崩れてどうにかなってしまいそうだ。でも、決してジーニャスは涙を見せずに笑っていた。

 ジーニャスが次期領主になることはあっさりと民衆の間では受け入れられた、剣士や魔法使いたちを死なせた罪以外にも、元々フォルクは傲慢な態度が有名で評判が悪かったからだった。民衆や剣士それに魔法使いたちの間には安堵する者が多かった、それだけフォルクが嫌われていた証拠だった。だからジーニャスが次期領主になること、それはエリクサーを献上した王家からもすぐに認められた。

 なによりも献上されたエリクサーという素晴らしい宝のことがあったし、長男に問題があることが明らかで次男が跡を継いでも反対する理由が何もなかったからだ。だから十数日という短い時間でフォルクは処刑されたのだった、王家からすれば献上されたエリクサーの方が大事で、少々の問題くらいなら目を瞑ってやるといったところだった。

「そういえばリタ、デビルベアの王を退治した褒美は何だ? 俺はなんでもすると言ったぞ?」
「それはもう叶いました、僕たちプルエールの森の民はジーニャス、貴方に領主になって貰いたかった」

「そんな簡単なことでいいのか、あのデビルベアの王との闘いは命がけだったし、その後もお前は命をかけて俺を助けてくれた」
「そんな簡単なことじゃないでしょう、領主となる責任の重さを考えれば十分です。あとはプルエールの森の民と、そう僕たちとできるだけ良好な関係でいてください」

「それじゃ足りんぞ、そうだな。こうしよう、エリクサーを献上したことで我が家はいきなり伯爵になることになった、だから国で何かプルエールの森の民について話し合う時、俺は必ずお前たちの味方になろう」
「ジーニャス……、貴方はどこまでも誠実で良き友です。どうかプルエールの森の民とオラシオン国、この二つがいつまでも友好な関係を保てますように」

 ジーニャスは任せておけと言って笑っていた、男爵から伯爵になるなんて凄い出世だ。治める領土や税金はいきなり変わったりしないらしいが、だが国の中での発言力が少しは増すだろう、そんな人間がオラシオン国とプルエールの森との関係を良好に保ってくれるのだ。僕たちは他にも報酬は貰ったがこれが一番の報酬だと思った、僕らの話を聞いてソアンもとても満足そうだった。家出をしていても僕たちには大切な故郷があるのだ、いつか分からないがそこに二人で一緒に帰れるとよかった。

「そもそも我がゼーエン家とは準貴族ではあったんだが、元は冒険者のご先祖の時に成り上がった家でな」
「へぇ~、それは知りませんでした」
「元々は私たちみたいな庶民だったんですね」

「そうだ、だから代々庶民の生活を経験したり冒険者になったり、そんないろんな経験をしてから跡を継ぐ者がいるのだ」
「だからジーニャスは庶民の生活に詳しいのですね」
「次男ですから自由にできた、そういうところもありそうですね」

「そうさ、生まれた時は次男だったから何も期待されていなかった。だが俺は大魔法使いに生まれたからな、逆に兄上は魔力が少なく初級魔法しか使えなかった」
「…………魔法を極められる者は少ないですから」
「…………そうですね、私も魔力がもっと欲しい時期がありました」

 それから僕は改めてオラシオン国のことや、ゼーエン家の成り立ちについて学ぶことになった。オラシオン国については歌も知っていたが、ゼーエン家の詳しいことを聞くのは初めてだった。ジーニャスが教えてくれたこともあった、彼がフォルクのことを話す時はやはり少し寂しそうだった。それからあっという間に時間は過ぎ去って、ジーニャスの跡取りとしてのお披露目の宴が開かれた。

「さぁ、リタよ。思う存分に歌ってくれ、俺は今日は主人である領主の跡取りだからな、いろいろと忙しいがきちんと聞いているぞ」
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