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2-25水でも死んでしまうことがある

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「『水竜巻ウォータートルネード!!』」

 僕の魔法は大きな水の竜巻を作り出した、僕は効果範囲を広く威力は弱くして魔法を使った。効果範囲と威力はどちらも強くはできない、どちらかが弱くなってしまうからだった。だから僕は効果範囲を広くとった、その方が今のこの魔法には都合が良かったからだった。デビルベアからすれば大量の水に少しぶつかられた程度、僕が使ったのはその程度の威力しかない魔法だった。

 だが僕の魔法が放った竜巻に触れたデビルベアは明らかに様子がおかしくなった、目や鼻をかぎ爪でかきむしるものやその硬い毛皮を己の爪で引っ掻きだしたのだ。僕は続けて同じ魔法を使っていくことにした、決してソアンとジーニャスを巻き込まないように、僕の魔法はデビルベアだけを攻撃し続けた。ジーニャスは何が起こっているのか、それが分からないという顔をしていた、ソアンはデビルベアを警戒しつつ満足そうだった。

「『水竜巻ウォータートルネード!!』」

 僕が同じ魔法を使うたびにデビルベアたちは弱っていった、もう目が見えている個体はほとんどおらず、僕たちを襲うよりも自分たちに起こっていること、それで彼らは頭がいっぱいのようだった。そうデビルベアたちには明らかに何かが起こっていた、それは猛毒が彼らを襲っていたのだった。今まで僕たちが走り抜けてきた森はマンチニールの木の森だったのだ、猛毒を含んだ木に触れて毒となった水がデビルベアの群れを襲っていたのだった。

 デビルベアでも一頭ずつだったら僕とソアンで倒せた、でもそれが複数いるとなると危険が大きすぎた。だから僕たちはこのマンチニールの猛毒を利用することにした、マンチニールの猛毒を含んだ水の竜巻はデビルベアたちに酷い痛み、それにいずれは死に至ってしまう猛毒を与えていった。彼らに僕たちを攻撃する意志はもう無かった、僕たちについてきたデビルベアは全て猛毒の水を浴びて苦しみ倒れていた。僕は無事に動いているデビルベアがいないことを、それを確かめてそれから魔法での攻撃を止めた。

「ジーニャス、ここは猛毒の木であるマンチニールの森です」
「そうです、リタ様は知っていましたが、ジーニャスさんはご存じでしたか?」
「いや知らない、そんなことは初めて知った」

「ここにデビルベアをおびき出せるかが勝負の鍵でした」
「三人で無事にここまでこれて良かったです」
「お前たちは俺をよく驚かす、ふはははっ、だが良い気分だ」

「デビルベアには気の毒ですが、僕たちの命を狙うというのなら仕方ありません」
「やられる前にやれです、リタ様はお優し過ぎます!!」
「ふっ、お前たちはいいな。まるで仲の良い兄妹のようだ、俺と兄も……」

 僕たちのことを見てジーニャスはそう言った、ジーニャスにも妹のシャールがいるが、あの兄であるフォルクにいつも遠慮していたのだろう。だから隠れてジーニャスとシャールはきっと会っていたのだろう、フォルクに対して妾腹といえど妹であるのにシャールは随分と怯えていた。ジーニャスは兄であるフォルクを祠に置いてきたこと、そのことに負い目を感じているようだった、でもそれはまだこれからどうにかなるかもしれなかった。

「ジーニャス、僕はあのフォルクという方を助けるのは賛成できません。なぜならどうしても貴方が危険になるからです」
「ああ、リタよ。俺にもよく分かっている、今回のことで兄は同腹の兄弟にも容赦しないとな」

「そのうえで言わせてもらいますと、あの祠の中にさえいれば彼は無事でしょう。貴方の父親に頼んで捜索隊も出せるかもしれません」
「兄が、兄上が、助かるのか!?」

「でも僕は重ねて言いますがおすすめはしません、彼が貴方を殺しかけたことをまず御父上に報告すべきです」
「…………そうだな、それに兄は俺に仕える兵たちは出口から追い出したが、自分の兵だけを残し結果的に死なせてしまった」

 フォルクの罪はジーニャスを殺そうとしたことだけではない、軍の指揮官としても彼は判断を誤って結果的に多くの兵の死を招いた。これらをジーニャスの父親である現領主がどう判断するかだった、その判断次第ではまたフォルクが権力を握る可能性もあった。長男が跡を継ぐというのが普通の判断だからだ、でもジーニャスは自分の兵たちを死なせず、またフォルクのことも祠という安全な場所に置いてきた。

 そのあたりを領主にはよく考えて貰いたいところだった、そう思っていた途端のことだった。森の精霊が大きくざわめきだしたのだ、これは人間では分からないことだった、ハーフエルフやエルフの僕らにだけ伝わってくる感覚だった。それは何かとても恐ろしいものがマンチニールの森、そのずっと奥からここに迫ってきている、そう僕たちに精霊たちが教えてくれているのだった。

「話はあとだ、何かがここにくる!! ソアン、ジーニャス。すぐに出口から外に出よう!!」
「はい、リタ様。なんだかザワザワってします!?」
「俺には分からないがまだデビルベアがいるなら危険だ、リタの言う通りにしよう」

 そうして僕たちは一番近い出口まで走った、ソアンがまたジーニャスを背負って走った。僕は嫌な予感がして『沼地化スワームシング』の魔法をあちこちに仕掛けておいた、そうしてようやく出口に辿り着いた時に僕たちは見た。他のデビルベアとは明らかに違っている巨大なデビルベアを見た、その咆哮は周囲に轟いて僕たちを圧倒した。でも僕は慌てながらもソアン、ジーニャスと二人を出口に放り込んだ、続いて僕が出口に入ったがそれがあと一瞬でも遅かったら、いつの間にきたのかその巨大なデビルベアに頭をかみ砕かれていた。

「………………し、死ぬかと思った」
「リタ様!? 大丈夫ですか!?」
「無事か、リタ!!」

「はい、なんとか大丈夫です。ソアン、ジーニャス」
「もういっつもご自分が一番あとに残るんですから!!」
「ソアンよ、リタはお前が心配なのだ」

「そうだよ、ソアン。僕の大事な養い子」
「ううぅ、もう!! 怒ろうと思っても怒れません!!」
「ふはははっ、ソアンもリタには弱いな」

 僕たちはエテルノのダンジョンの出口でそんな会話をした、そして今からエテルノのダンジョンに入ろうとする者には警告した。デビルベアの王が今すぐそこにいるから、死にたくなかったら今だけは中に入らないほうが良かった。そう忠告はしたが僕たちは無事に出てきたので、忠告を信じずに中に入る者もいた。それはもう彼らの選んだことだから仕方がない、獲物に逃げられてさぞ怒っているデビルベアの王、その犠牲者にならないことをただ祈るだけしかできなかった。

「それじゃ、目的は果たした。我が家にきてシャールと会ってくれ」
「ええ、ジーニャス。そうしましょう」
「シャールさん、やっと元気になれるんですね」

「ああ、これでもう毎日あの子は怯えて暮らさなくてもいい」
「貴方は良い兄ですね、ジーニャス」
「そうそうそれに、ジーニャスさんは大魔法使いでした」

「それは言うな、今回の俺の活躍は上級魔法一回だけだ」
「でも、あの一撃で随分と助かったんですよ」
「堂々と大魔法使いだと、今度は名乗っても良いですよ」

 そんな会話をしながらジーニャスはエテルノのダンジョン、その入り口に待たせていた馬車を呼んだ。僕とソアンもその馬車に乗せてもらえることになって、三人そろって領主の館へと急いで戻ることにした。だがその時だ。僕はシャールについている光の精霊から呼びかけられた、もう限界だとこのままではもたないという感覚が伝わってきたのだ。その感覚に僕は背筋が凍るような気になって、馬車ではなく馬で領主の館に戻ることを提案した。

「ジーニャス、今は一刻を争います。馬で領主の館に向かいましょう」
「……もう時間がないのだな」

「ええ、もうほとんどシャールには時間がありません」
「そうか、それでは俺は兄としてできること、不可能を可能にしてみよう」

 そう言うとジーニャスは上級魔法を唱え始めた、本来ならば止めなければならなかった。こんなに体力を消耗した状態で上級魔法を使ったら、それは命にも関わることだった。でもジーニャスは笑っていた、止めようとする僕に笑ってみせたのだ。ほどなくしてジーニャスの魔法は完成した、僕とソアンそれにジーニャスを大きな光が包み込んだ。

「俺は大魔法使いだ、だからできる、できるはずだ!!『転移テレポーテーション!!』」
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