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1-21オラシオン建国祭をお祝いする

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「僕は絶対にこの建国祭で歌うよ、ソアン。だって、それが約束ってものなんだから」

 僕の体と心の心配をしてくれるソアンに、僕はそう言って彼女に頼み事をしてしまった。僕の体はいつものようには動かなかった、でも舞台まで歩いて歌うだけならできそうだった。だからソアンに神殿まで連れていって貰いたいと頼んだんだ、僕のそんな姿は凄く格好が悪いだろうけれど、それでもどうしても僕は神殿で皆と歌いたかった。ミーティアと約束していたことでもある、僕はその約束を破りたくなかったのだ。

「分かりました、リタ様!! 私がリタ様を神殿までお運びします!!」
「頼んだよ、ソアン」

「大丈夫です、リタ様。私はドワーフのお父さん譲りの力持ちです!!」
「なるべく目立たないように、でもできるだけ早く行こう」

「はい、リタ様。お恥ずかしいでしょうから、フードを深く被っていてください」
「そうさせてもらうよ、ありがとう。ソアン」

 こうして二人で相談がまとまると朝食を食べて宿屋の正面から神殿を目指した、フードを被って隠してはいるが大の男が、しかも背が小さ目なソアンに背負われて運ばれている。通りには建国祭を祝って人々が出てきはじめていた、そんな人々から注目を集めはしたが仕方がない。僕の体が本当に思いどおりに動かないんだ、僕はただソアンの背中に捕まっているだけで精一杯だった。

「はぁ、はぁ、リタ様。神殿です、歩けますか?」
「本当にありがとう、ソアン。……うん、なんとか一人でも歩けそうだ」

 神殿までやってきたら、体が少しだけ動くようになっていた。普段のように戦ったりはできないが、今回の建国祭ではただ神殿にある広場の中央に歩いていって、そこで立ったままで何曲か歌うだけだ。またソアンに体を支えてもらいながら、最初から打ち合わせで使っていた部屋に僕たちは入った。そこではもうミーティアが待っていた、僕とソアンの姿を見ると目を丸くして、それから早口で話しかけてきた。

「なんや、師匠。具合悪いんか、大丈夫なんか?」
「心配してくれてありがとう、ミーティア。大丈夫、練習通りに歩いて歌うくらいならできるよ」
「ミーティアさん、私にはこれ以上何もできません」

「ソアンちゃん、分かった。師匠のことはあたしにまかせてや!!」
「ごめんね、ミーティア。頼りにしてるよ、僕が最後まで歌えるように補助してくれ」
「どうか、どうか、リタ様をよろしくお願いします」

 それから神殿で行われる建国祭の儀式がはじまった、敬虔な信徒が次々と神殿の広場にある観客席に集まってきた。僕は緊張なんてしていなかった、そんなことをしている場合でもなかった。僕は出番がきたら広場の中央までいって歌うこと、それだけに集中していたのだ。ミーティアや他の歌い手と最後の打ち合わせをしたら、もうあっという間に僕たちの出番になった。

 無理をせずに一歩ずつ慎重に僕は神殿の広場の中央まで歩いた、そして練習していたとおりに一人で最初の曲を歌い始めた。ミーティアたちや他の歌い手が僕に続いて歌いだした、思っていたよりも緊張することもなく僕は歌い続けた。ただ建国祭を成功させること、それだけを思って僕は自分の役目に没頭した。そうしていると一瞬だが、僕はいるはずのない人の姿を見た。

 そのことにとても驚いたりしたが顔と声には出さずに、どうにか最後まで歌って建国祭を祝いたい、そう願い続けながら僕は歌い続けた。最後の曲の辺りでソアンが何か言っているのが見えたが、何を言っているのかまではよく分からなかった。

「ああ、リタ様。お綺麗です、お上手です、なんてご立派な姿なのでしょう!!」

 全ての曲を歌い終わると激しい歓声と拍手の音が鳴り響いた、僕はそんな盛り上がる観衆に一礼して広場の舞台から降りていった。舞台裏に戻った途端に僕は転んで起き上がれなくなった、ミーティアが皆にいろいろと説明してくれて、僕は神殿にある治療室に連れていかれた。いつの間にかソアンがきていて、真っ赤な顔でポロポロと涙を零しながら、僕のことをまた治療室まで運んでくれた。

「ソアン、そんなに泣いたら目が腫れてしまうよ」
「いいんです!! もうリタ様の歌が感動的で凄くて、私は今とっても嬉しいんです!!」

「ありがとう、ソアン。君がいなかったら、僕だけではここまで来れなかった」
「どういたしましてです!! 私もリタ様を運んだかいがありました!!」

「練習通りに歌ったつもりだけど、僕は最後まできちんとやれてたかな」
「最初から最後まで凄かったです!! リタ様は世界一の歌い手さんです!!」

 ソアンは感極まって泣きながら僕を治療室までしっかり運んでくれた、その後は治療室で回復魔法が使える神官さんに診て貰ったが、僕の体にはどこにも悪いところはなかった。だから僕が動けなくなった原因は過労と精神的疲労、つまりは歌の練習のし過ぎと本番での緊張だと言われた。僕は心の病気のことは相談できなかった、神殿に関する医療の本を読んだことがあったが、どこにも僕のような病のことは書かれていなかったからだ。

「はぁ、師匠は過労と緊張かいな。体は大事にせんといかんな、でも心はもっと大切や」
「ミーティア、歌った時と終わった後にいろいろしてくれて、ありがとう」

「ええよ、ええよ、気にせんといて。あたしも師匠と歌えて凄く嬉しかったんや」
「僕も本当に楽しかったし嬉しかった、僕はちゃんと君との約束を守れたかな」

「ああ、約束どおり楽しく歌えたなぁ、今度また宿屋で一緒に歌おうや」
「いいよ、また二人で一緒に歌うのも楽しそうだ」

 ミーティアは動けなくなった僕の代わりにいろいろと他の歌い手に説明してくれた、そうやって細かいところで助けてくれたので僕は彼女に申し訳なかった。そんなミーティアと一緒に歌えたのは本当に良かった、歌っていた間は精神が研ぎ澄まされていていくらか興奮もしていた、だからミーティアと一緒に歌えたのは本当に楽しかったのだ。

 そして僕は歌い手としての務めを果たした報酬として金貨1枚を貰った、僕はソロで歌ったから他の歌い手よりも良い報酬を貰えたようだった。帰りはソアンに支えてもらいながら、ゆっくりと宿屋までの帰り道を歩いた。本当に建国祭で歌えて良かった、舞台が成功してようやく僕はほっとした。宿屋についてからは水浴びだけして、僕は昼食も食べてなかったが夕食もとらずにベッドに転がった、やっぱりちょっと無理をし過ぎたようだ。

「そういえば、あれはなんだったんだろう?」

 ベッドの上でごろごろしていると傍で僕を見守っていたソアンが首を傾げた、僕は建国祭で歌っていた最中に確かに見たもの、幻覚ではなく確かにみたはずの者のことをソアンに話した。

「歌っていた最中に一瞬だけど、本当に一瞬だったけど……、フェーダーの姿を見たんだ」
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