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1-17大魔法使い現る

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「ごめんよ、神様。どうか、どうか、僕に安らかなる死が訪れますように」

 僕は耳を覆ってその場から逃げ出したくなった、フェーダーの考えていることは、少し前の僕の考えていたことと同じだった。魔法という生きがいを失って僕は死んでしまいたいくらい辛かった、フェーダーも右腕と母親を失って死んでしまいたいと思っているのだろう。僕がどうしていいのか分からないでいるうちに、いつの間にか綺麗な女性の神官がフェーダーに声をかけていた。

「どうしましたか、可愛らしい幼い迷い子」
「あんた凄く綺麗だな、もしかして神様なのか、だったら僕のことを死なせてくれないか」

「わたくしは神ではございません、ユーニーと申します。わたくしはこの神殿に仕える神官です」
「それなら、どうでもいいや。もうなんだっていいから、放っておいてくれよ!!」

「いいえ、放っておけません。迷い子を導いて光の道に戻すのが、わたくしの役目ですから」
「………………」

 フェーダーは突然現れた神官にどこかに連れていかれた、銀の髪に黄色の瞳を持つ穏やかな女性の神官だった。以前に会ったステラとは格が違う、人間というよりもエルフに近いような、そんな不思議な印象を受ける人間だった。見た目は良い人そうな神官だった、実際に良い人間であることを願う、フェーダーは十分に罪を償った。これからの彼の人生が良いものであるように、僕はそう願いながら神殿の掃除を終えて報酬を手に入れた。

 宿屋に戻るとソアンにはフェーダーに出会ったことを話した、フェーダーの右手が失われたということにソアンも驚いていた。そこで宿屋の主人に聞いて分かったのだが、フェーダーは盗みの常習犯で薬以外にも、母親を助けるためにいろいろと食料などを盗んでいたそうだ。だから捕まってフェーダーの右手は失われることになった、彼にとってはとても厳しい処分だが、人間の世界が決めた事だから仕方がない。フェーダーの母親のほうも体が限界だったのだろう、もう葬儀が行われた後だと宿屋の主人は言っていた。

「フェーダーさんも大変だったのですね、その連れていった神官さんが良い方ならいいのですが」
「人間の良し悪しはちょっと見たくらいじゃ、はっきり言うとエルフの僕には分からないと思う」

「そうですね、私もフェーダーさんが最初は盗みをするようには……、とても見えませんでしたから」
「宿屋の主人が言っていたけれど、住んでいたパン屋にも大きな借金があるらしい」

「それじゃあ、フェーダーさんはお母さんと家を失って、つまりは孤児院行きでしょうか」
「多分だけれどそうなるだろう、神殿の一角に確か孤児院があったはずだ」

 僕はなるべく冷静にソアンにそう言ったが、内心ではフェーダーにとても同情していた。大事にしていた母親も、帰るための家も失ってしまったからだ。僕も両親を亡くした時にはとても落ち込んだ、僕は早く立ち直れたのはソアンがいたからだ。まだ幼かったソアンは僕に懐いてくれていて、僕は家族を亡くしたけれど孤独を感じずにすんだ。

「僕はソアンと出会えて本当に良かったよ」
「なににょいきなりって、こほん。リタ様、それは私も同じです」

 しかし、今日の仕事は僕はなかなか楽しかったのだが、今後フェーダーが神殿にいるのならそこには行きづらい。フェーダーが僕たちにどんな感情を抱いているか分からないが、あまり良い感情をもっていないだろうからだ。だからソアンと相談をして神殿の掃除は引き受けない、二人でそうすることにしようと決めた。

「ソアン、神殿にはなるべく行かない方が良いと思う」
「フェーダーさんを刺激してしまうからですね」

「そうだ、僕たちへの盗みが原因で捕まったのだから、はっきり言うと恨まれていてもおかしくない」
「それって逆恨みですけれどね、分かりましたリタ様。神殿の掃除は行かないようにしましょう」

「ありがとう、正直に言うと助かるよ。ソアン」
「リタ様の頼みならば、私はできるだけ叶えたいのです」

 そうやって今後は神殿の掃除に行かないという結論を出した、それからはいつもどおりに水浴びとミーティアの音楽の指導をした。そして僕は少し苦く感じるようになった眠り薬を飲んで、ソアンと一緒に深い眠りについた。翌日、また僕の病気が悪い症状が出た。それから5日間、僕は最低限のこと以外はしないでゆっくりと過ごしていた。

 具合が悪くなってから6日目にようやく朝から動けるようになった、僕はまだ少しフェーダーのことで落ち込んでいた、また寝込んでしまったのはそれが原因なのかもしれなかった。

「リタ様、今日は早起きさんですね。それではご飯を食べていつもの鍛錬をしたら、お仕事を探しに行きましょうか」
「分かった、ソアン。とりあえず朝食を食べよう、仕事をするのはそれからだね」

 朝食が和やかに終わった後、冒険者ギルドの掲示板を見にいった。すると少し気になるものがあった、この近くの村であるライゼにゾンビが出るそうだ。それを退治して欲しいという依頼だった、ソアンもその依頼に注目していた。やがて僕たちはお互いの顔を見て頷いた、こうしてライゼの村に出るというゾンビ退治に行くことになった。

「フォシルのダンジョンとなにか関係があるのでしょうか」
「どうだろうね、遺体に死霊がついてゾンビになるのは、清められていない墓地なら珍しくはない」

「それではひとまずダンジョン、それとの関係は考えないでおきます」
「とりあえずはそうしておこう、それよりも野宿しないといけないから、食事の内容はどうしようか」

 近くなので片道で3日ほどだった、その間も今いる宿屋は借りっぱなしだ。薬を作る道具なんかがあるから、部屋を借りて置いておくしかなかった。そしてゾンビ退治の報酬は金貨5枚、正直に言って魔法使いならともかく、僕たちでは少し不利で割に合わない仕事だった。それでも依頼を受けてやってきたのは、急に発生したというゾンビが気になったからだった。

 3日間、途中で野宿もしながらライゼという村に辿り着いた。するとそこには先客がいた、見た目は若い魔法使いと剣士たちだったが、遅れてやってきた僕たちを見て魔法使いがこう言いだした。

「やあやあ、大魔法使いのジーニャス様の御出ましだ。俺に出会えたことに心から感謝するといい」

 ジーニャスという男性は黒髪に黒い瞳をしていて、中肉中背で魔法使いのローブと杖を持っていた。僕たちは顔を見合わせた後、それぞれ簡単に自己紹介した。だが大魔法使いのジーニャスなんて、そんな名前は聞いたことがなかった。

「僕は短剣使いのリタといいます、精霊術も使える時があります」
「私はソアン、大剣と少し魔法を使います」

 ごほんごほんと何故か咳ばらいをしながら、ジーニャスという20歳くらいの青年は値踏みするようにこちらをじろじろと見ていた。やがて何か彼の中で納得がいった答えが出たのか、ソアンの方だけチラチラッとを見ながらこう言いだした。

「ソアンとやら、この大魔法使いジーニャス様に仕える名誉を与えよう」
「はぁ!? いりません、そんな無駄な名誉。それに、私はリタ様にお仕えしております!!」
「ソアンはよく分からない、よその人には簡単に渡せません!!」

 僕たちの返事にジーニャスという魔法使いは眉を顰めた、それから不思議そうにこちらを見ていた。ジーニャスの傍には他にも剣士らしき人間が何人もいた、その人たちはどうやらジーニャスに雇われているようだ。パーティというには大きすぎる規模だった、十数人の剣士がそこにはいるようだった。一体このジーニャスという男は何者なのだろうか、なんだか僕は嫌な予感がまたしてきた。

「俺はゼーエンの街をおさめる男爵の次男である、だから皆は俺の言うことを聞くべきなのだ」
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