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恋愛の井戸で溺死
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大学生になってバイトを始めて、自分で自由に使えるお金が増えるようになり、今まで手に取らなかったものを手にとるようになる。
化粧品もそのひとつ。
化粧品は新商品だったり、期間限定品だったりどうしてこんなにも新しいものがどんどんと湯水のように湧き出してくるのはなぜ。でも、売れてしまうものはしょうがないし、かく言う私も買ってしまうし、企業も儲かるなら売ってしまえの精神。
大学生になってからというもの、週末には必ず電車で20分くらいの新宿の百貨店の化粧品売り場に、特に目星がなくとも行くようになった。なってしまったと言うべきか。
今日も今日とて、土曜日なので足を運ぶ。
自動扉じゃないガラスの重い扉を開くと、むんと甘ったるい匂いが鼻に刺す。この混ぜ混ぜの匂い、いまだに慣れない。でも、多分男はこんな匂いの似合う女が好きなんだろうな。
口紅やらなにやら化粧品の入ったショーケースを、人の間をゆっくり、でもするすると動いて、いいものはないかなーと物色。物色するときはなるべく他の人の顔を見ない。余計な情報が入ってきて怖いから。
ときおり、ショーケースの上に置いてある鏡をちらりと覗き込んでは化粧と前髪を確認する。今日はまあまあかな、まだまだ下手だけど。
あ、
なんとなく気になる口紅を見つけ、そのショーケースの前に立つとすぐさまに店員さんが話しかけてくる。まるで捕食者、そして私はその獲物、という感じがしてなんとなく嫌。それが彼女の仕事だとは理解しているけど、人はサバンナにいた頃を捨てきれない。この口紅が気になると彼女に伝えると、お客様にお似合いだと思いますよ、今日出た新作なんです。ああ、そうなんですか、なんて適当に相槌をうちながら試しに手の甲に塗ってみたら、思った通りの色でちょっと嬉しい。彼女は、お客様これなんかどうですか、よくお似合いだと思いますよ、なんて私に買ってもらおうとする必死さを、洗練された上品さでオブラートに包みながら続ける。そうですかねー、と理解したフリをするがイマイチその良さがわからないし、そもそも化粧について全然知らない。
彼女の話が終わるのを適当に相槌を挟んで聞き流しながら、彼女、そして隣で別の客に対応しているもう一人のスタッフを見て、どちらも同じような感じ。濃い目だけどどこかさっぱりと化粧していて清楚、そして清潔感溢れるスーツ。そういえば売り子さんにブサイクだったり、太ってたりする人が少ない気がする、採用で落とされてしまうのか、それともこの百貨店の一階のこのギラギラ、キラキラとした雰囲気が彼女たちを変化させ、それにあうように統一化させるのだろうかなんて考える。そう考えているとなんだか勝手に彼女がかわいそうに思えてきてしまう。私にできること、せめて愛想の良い客でいよう。
彼女の提案を丁寧に断ると私はその口紅だけ買う。また、新作が出たら買いにきますね、と去り際に彼女に言って、売り場を後にしようとする。彼女もそれを聞いてにこりと笑う。この笑顔は作り物か、本物か。まあでも、そんなのどうでもいいやなんて思い直しつつ、5歩歩いて振り返ると彼女は腰をかがめていてここからじゃショーケースが邪魔で顔は見えない。
特にこの後は用事がないし、その辺を適当にぶらぶら。
ぶらぶらあてもなく歩く時には、必ず本屋に寄るクセがある。本屋の棚に詰まったたくさんの本に囲まれて、そこにあるだろう一生かかっても読みきれないような情報量の多さに思いを馳せて、それに押し潰されそうになるのが、好きだからだ。
百貨店からでるとお日様がさして、昨日とは一変、とても春らしい陽気。心なしか、冬の時よりも通りを行き交う人の歩くスピードが遅いような気もする。それには私も賛成。地球温暖化のせいで春と秋が短くなるって言ってる人もいるし、今のうちに存分に楽しんでおくべき。
駅の南口の方に出て、横断歩道を渡って新南口の奥、タイムズスクエアの南館にある紀伊國屋に向かう。
南口と新南口の間の甲州街道を渡る横断歩道で信号が変わるのを待っていると、女子大生と思わしき女性二人が私の隣に並ぶ。二人とも最近若者に流行りの韓国メイク。肌を陶器のように白くして、それと真っ赤なリップのコントラストに、跳ね上げたキャットライン?って言うの?
私と同年代の女の子、みんなこんな感じ。大学のサークル同期もバイト先の子も。そういう気持ち悪さを感じながら、自分自身も流されて、同じようなメイクをしている私も、嫌い。
見知らぬ彼女たちになんだか嫌悪感を覚えて早く信号変わってくれと念じるも、私が小さい時はどこにもなかった「信号が変わるまであとどのくらいメーター」はまだ2個減っただけ。なんでも可視化すればいいってもんじゃない。メーターが一つ一つ私を焦らすように減っていくのがくすぐったい。
彼女たちは私のすぐ隣にいるわけで、否が応でも会話を耳は捉えてしまう。
ねえ聞いた?きーちゃんのカレシ、そう、あの子なんだけどさ、クミコとも付き合ってたらしいよ!、そうなの、浮気、うん。ほんとにクズだよね、クズだと見抜けないきーちゃんとクミコもだけどさ、というかね、バレないとでも思ってたのって言いたくなるよね、みたいな品のない会話。
彼女たちは自分がクズ男に引っかからないとでも思っているのかしら、きーちゃんさんとクミコさんとは自分は違うんだという自信はどこからくるの、少なくともあなたたちのメイクはそのお二人さんと一緒じゃない?多分。そうやって自分が特別だと思っている子がだいたい引っかかっちゃうのよ、バーカ。
そんな余計なお世話を思っていたら、やっと信号が緑色に変わった。彼女たちから逃げるように私は横断歩道を一番乗りで歩き始める。
バイト先の友達も彼女たちと同じでバカ。「この前、吉沢亮に似たイケメンにナンパされてそのままモチカエリされちゃったんだよね、もしかして本人だったりして!」「本人なわけないじゃん、まあでもいいなあ、イケメンにナンパされて、私も突然の出会いがないかなあ、でもアナタより可愛くないからなあ」「そんなことないよ、あなたも十分かわいいよ」、なんてこれまた下品な会話している。私はそんな輪には入りたくないのだけれども、あなたはそんな経験ないの?と聞いてくるので、私もないんですよ、うらやましいです、なんて心にもないことを悔しそうに言う。そしたら、そうねえ、もう少し男ウケするメイクしてみたら?なんて自称吉沢亮にナンパされた人に言われたから、研究してみますなんて素直に返事したけど、内心はイライラの頂点。はあ?メイクは男に見られるためじゃなくて、自分のためにやっているし、しかも私にはアドバイスするって私のこと完全に下に見てますよね、なんでお馬鹿さんのあなたに下に見られなきゃいけないんですかねって。
もしかして、上品さの権化とも言うべきさっきの百貨店の店員さんだって実は下品だったりして。そうだったらイヤだなあと思ったけれども、さっき売場で考えていたことと違う、矛盾もいいところ。
あーあ、嫌なこと思い出した、あーあ、忘れよう、忘れようと思いながら一歩一歩の歩幅を大きく歩いていく。
横断歩道を渡って新南口改札の右側の道を通って、スタバの先にある線路の上を渡している陸橋の向こう側に渡ると紀伊國屋がある。
まっすぐ前だけを見て歩く。
あれ、
紀伊國屋が入っていたはずのビルが改装工事中で入れない、どうしたんだろう。張り紙があるので、それを読むと1~5階の売り場を閉鎖し、6階に洋書専門の売り場として営業するとのこと、かなりお世話になっていたので非常に残念。どうしようかなと迷ったけれども、せっかくだし洋書のコーナーどんな感じかしらとよることにする。
エレベーターに乗って6階で降りると、そこには日本の書店ではあり得ないほどカラフルに本が陳列されていた。外国人も多くいる。その日本の本屋とは思えない光景に一瞬たじろぐも、それを驚きへと変えるように、少なくとも周りからはそう見えるように、不自然なほど意図的にきょろきょろと周りを見渡す。陳列棚のラビリンスを彷徨っていると、英語だけじゃない、イタリア語、フランス語のもある、小説だけじゃない、絵本もある、学術書も目に付く。なんとなく、薄っぺらい英語小説だけを集めた棚があったので、適当に一冊取り出して読んでみる。だいたいは読めるが、やっぱり日本語のようにはスラスラ入ってこないし、何より細かいニュアンスが読み取れない。1ページだけ読んで諦めて、元の場所に返してあげる。他の本なら、と別の本を取り出して読み始めるも、結果は同じ。そんなつまらないことをあと3回ほど繰り返した。いくら繰り返しても、興味がわかない。なんだか悔しくて、一冊買って徹底的に読んでやろうかしらとも思ったけれども、本を手にとった感覚、文庫本より一回り大きくて、新書よりは小さいその大きさがなんだか気に入らなくて、結局何も買わないまま、本屋から退場する。
太陽はまだ高い。時間はあるので、あとどうしようかと思案して結局映画を何か見ることにした。またあの先ほどの忌まわしい横断歩道で南口の方に渡って、甲州街道沿いにバルト9へ向かう。相変わらず人通りも多く、いつもと変わらない新宿。変わったのは紀伊國屋がなくなったことだけ。
エスカレーターで6階の映画館のロビーに。ここのロビーはイスがないので、みんな立って待っている。スマホいじってたり、本を読んでたり、友達、恋人と話しながら待っている。受付の上にあるモニターで今から始まる面白そうなものはないか探す。普段は何を見るか決めてくるので、映画館に来て何も決まっていないというのは、なんだか不安。何にしようかなと腕を組んでモニターと睨めっこしていると30分後くらいに恋愛映画っぽい題名のものがある。なんとなくそれにしようかなと心が傾いているところ、男が話しかけてきた。ねーねー、お姉さん、今、僕1時間後のこの映画のチケット余っているんだけど、一緒に見ない?なんていきなり。男は私と同じくらいの年齢、中背でスラリとした格好、額は髪で隠れていて、大きい金色のまるっこいメガネ、イケメンの部類に入るかもしれない目鼻立ち、まるであの子たちが好きそうな感じ。顔には優しげな笑みを貼り付けているけど、その目はある意味真剣そのもの、私と一夜をともすれば共にしたいという欲求。こんなやつの誘いに乗ると、バカなあいつらと同じねと、見たい映画がありますので、ごめんなさい、丁寧に頭を下げて、チケットカウンターに行って、係のお姉さんに、これください。チケットを買って振り返った時には彼はもういなくて、本当に私は男に誘われたのかしらと、つい数十秒前のことがあやふやになるけど、心臓はまだどきどきしている。
結局のところ映画はつまらなかった。少なくとも私にとって。
決まり切ったお約束の展開、予定調和、作者のご都合主義。学校に遅刻すると走っていたら、角から同じく走ってきた彼とごっつんこして恋に落ちていく、みたいな古典的な感じで、面白みもなんもないやつ。それでいて、エンドにはすすり泣く声が聞こえるのだから、やはり世の中にはバカが多い。
これなら、あの男と別の映画を見てた方がまだマシだったわね、なんてちょっとでも思ってしまった自分がイヤでイヤで仕方がない。
化粧品もそのひとつ。
化粧品は新商品だったり、期間限定品だったりどうしてこんなにも新しいものがどんどんと湯水のように湧き出してくるのはなぜ。でも、売れてしまうものはしょうがないし、かく言う私も買ってしまうし、企業も儲かるなら売ってしまえの精神。
大学生になってからというもの、週末には必ず電車で20分くらいの新宿の百貨店の化粧品売り場に、特に目星がなくとも行くようになった。なってしまったと言うべきか。
今日も今日とて、土曜日なので足を運ぶ。
自動扉じゃないガラスの重い扉を開くと、むんと甘ったるい匂いが鼻に刺す。この混ぜ混ぜの匂い、いまだに慣れない。でも、多分男はこんな匂いの似合う女が好きなんだろうな。
口紅やらなにやら化粧品の入ったショーケースを、人の間をゆっくり、でもするすると動いて、いいものはないかなーと物色。物色するときはなるべく他の人の顔を見ない。余計な情報が入ってきて怖いから。
ときおり、ショーケースの上に置いてある鏡をちらりと覗き込んでは化粧と前髪を確認する。今日はまあまあかな、まだまだ下手だけど。
あ、
なんとなく気になる口紅を見つけ、そのショーケースの前に立つとすぐさまに店員さんが話しかけてくる。まるで捕食者、そして私はその獲物、という感じがしてなんとなく嫌。それが彼女の仕事だとは理解しているけど、人はサバンナにいた頃を捨てきれない。この口紅が気になると彼女に伝えると、お客様にお似合いだと思いますよ、今日出た新作なんです。ああ、そうなんですか、なんて適当に相槌をうちながら試しに手の甲に塗ってみたら、思った通りの色でちょっと嬉しい。彼女は、お客様これなんかどうですか、よくお似合いだと思いますよ、なんて私に買ってもらおうとする必死さを、洗練された上品さでオブラートに包みながら続ける。そうですかねー、と理解したフリをするがイマイチその良さがわからないし、そもそも化粧について全然知らない。
彼女の話が終わるのを適当に相槌を挟んで聞き流しながら、彼女、そして隣で別の客に対応しているもう一人のスタッフを見て、どちらも同じような感じ。濃い目だけどどこかさっぱりと化粧していて清楚、そして清潔感溢れるスーツ。そういえば売り子さんにブサイクだったり、太ってたりする人が少ない気がする、採用で落とされてしまうのか、それともこの百貨店の一階のこのギラギラ、キラキラとした雰囲気が彼女たちを変化させ、それにあうように統一化させるのだろうかなんて考える。そう考えているとなんだか勝手に彼女がかわいそうに思えてきてしまう。私にできること、せめて愛想の良い客でいよう。
彼女の提案を丁寧に断ると私はその口紅だけ買う。また、新作が出たら買いにきますね、と去り際に彼女に言って、売り場を後にしようとする。彼女もそれを聞いてにこりと笑う。この笑顔は作り物か、本物か。まあでも、そんなのどうでもいいやなんて思い直しつつ、5歩歩いて振り返ると彼女は腰をかがめていてここからじゃショーケースが邪魔で顔は見えない。
特にこの後は用事がないし、その辺を適当にぶらぶら。
ぶらぶらあてもなく歩く時には、必ず本屋に寄るクセがある。本屋の棚に詰まったたくさんの本に囲まれて、そこにあるだろう一生かかっても読みきれないような情報量の多さに思いを馳せて、それに押し潰されそうになるのが、好きだからだ。
百貨店からでるとお日様がさして、昨日とは一変、とても春らしい陽気。心なしか、冬の時よりも通りを行き交う人の歩くスピードが遅いような気もする。それには私も賛成。地球温暖化のせいで春と秋が短くなるって言ってる人もいるし、今のうちに存分に楽しんでおくべき。
駅の南口の方に出て、横断歩道を渡って新南口の奥、タイムズスクエアの南館にある紀伊國屋に向かう。
南口と新南口の間の甲州街道を渡る横断歩道で信号が変わるのを待っていると、女子大生と思わしき女性二人が私の隣に並ぶ。二人とも最近若者に流行りの韓国メイク。肌を陶器のように白くして、それと真っ赤なリップのコントラストに、跳ね上げたキャットライン?って言うの?
私と同年代の女の子、みんなこんな感じ。大学のサークル同期もバイト先の子も。そういう気持ち悪さを感じながら、自分自身も流されて、同じようなメイクをしている私も、嫌い。
見知らぬ彼女たちになんだか嫌悪感を覚えて早く信号変わってくれと念じるも、私が小さい時はどこにもなかった「信号が変わるまであとどのくらいメーター」はまだ2個減っただけ。なんでも可視化すればいいってもんじゃない。メーターが一つ一つ私を焦らすように減っていくのがくすぐったい。
彼女たちは私のすぐ隣にいるわけで、否が応でも会話を耳は捉えてしまう。
ねえ聞いた?きーちゃんのカレシ、そう、あの子なんだけどさ、クミコとも付き合ってたらしいよ!、そうなの、浮気、うん。ほんとにクズだよね、クズだと見抜けないきーちゃんとクミコもだけどさ、というかね、バレないとでも思ってたのって言いたくなるよね、みたいな品のない会話。
彼女たちは自分がクズ男に引っかからないとでも思っているのかしら、きーちゃんさんとクミコさんとは自分は違うんだという自信はどこからくるの、少なくともあなたたちのメイクはそのお二人さんと一緒じゃない?多分。そうやって自分が特別だと思っている子がだいたい引っかかっちゃうのよ、バーカ。
そんな余計なお世話を思っていたら、やっと信号が緑色に変わった。彼女たちから逃げるように私は横断歩道を一番乗りで歩き始める。
バイト先の友達も彼女たちと同じでバカ。「この前、吉沢亮に似たイケメンにナンパされてそのままモチカエリされちゃったんだよね、もしかして本人だったりして!」「本人なわけないじゃん、まあでもいいなあ、イケメンにナンパされて、私も突然の出会いがないかなあ、でもアナタより可愛くないからなあ」「そんなことないよ、あなたも十分かわいいよ」、なんてこれまた下品な会話している。私はそんな輪には入りたくないのだけれども、あなたはそんな経験ないの?と聞いてくるので、私もないんですよ、うらやましいです、なんて心にもないことを悔しそうに言う。そしたら、そうねえ、もう少し男ウケするメイクしてみたら?なんて自称吉沢亮にナンパされた人に言われたから、研究してみますなんて素直に返事したけど、内心はイライラの頂点。はあ?メイクは男に見られるためじゃなくて、自分のためにやっているし、しかも私にはアドバイスするって私のこと完全に下に見てますよね、なんでお馬鹿さんのあなたに下に見られなきゃいけないんですかねって。
もしかして、上品さの権化とも言うべきさっきの百貨店の店員さんだって実は下品だったりして。そうだったらイヤだなあと思ったけれども、さっき売場で考えていたことと違う、矛盾もいいところ。
あーあ、嫌なこと思い出した、あーあ、忘れよう、忘れようと思いながら一歩一歩の歩幅を大きく歩いていく。
横断歩道を渡って新南口改札の右側の道を通って、スタバの先にある線路の上を渡している陸橋の向こう側に渡ると紀伊國屋がある。
まっすぐ前だけを見て歩く。
あれ、
紀伊國屋が入っていたはずのビルが改装工事中で入れない、どうしたんだろう。張り紙があるので、それを読むと1~5階の売り場を閉鎖し、6階に洋書専門の売り場として営業するとのこと、かなりお世話になっていたので非常に残念。どうしようかなと迷ったけれども、せっかくだし洋書のコーナーどんな感じかしらとよることにする。
エレベーターに乗って6階で降りると、そこには日本の書店ではあり得ないほどカラフルに本が陳列されていた。外国人も多くいる。その日本の本屋とは思えない光景に一瞬たじろぐも、それを驚きへと変えるように、少なくとも周りからはそう見えるように、不自然なほど意図的にきょろきょろと周りを見渡す。陳列棚のラビリンスを彷徨っていると、英語だけじゃない、イタリア語、フランス語のもある、小説だけじゃない、絵本もある、学術書も目に付く。なんとなく、薄っぺらい英語小説だけを集めた棚があったので、適当に一冊取り出して読んでみる。だいたいは読めるが、やっぱり日本語のようにはスラスラ入ってこないし、何より細かいニュアンスが読み取れない。1ページだけ読んで諦めて、元の場所に返してあげる。他の本なら、と別の本を取り出して読み始めるも、結果は同じ。そんなつまらないことをあと3回ほど繰り返した。いくら繰り返しても、興味がわかない。なんだか悔しくて、一冊買って徹底的に読んでやろうかしらとも思ったけれども、本を手にとった感覚、文庫本より一回り大きくて、新書よりは小さいその大きさがなんだか気に入らなくて、結局何も買わないまま、本屋から退場する。
太陽はまだ高い。時間はあるので、あとどうしようかと思案して結局映画を何か見ることにした。またあの先ほどの忌まわしい横断歩道で南口の方に渡って、甲州街道沿いにバルト9へ向かう。相変わらず人通りも多く、いつもと変わらない新宿。変わったのは紀伊國屋がなくなったことだけ。
エスカレーターで6階の映画館のロビーに。ここのロビーはイスがないので、みんな立って待っている。スマホいじってたり、本を読んでたり、友達、恋人と話しながら待っている。受付の上にあるモニターで今から始まる面白そうなものはないか探す。普段は何を見るか決めてくるので、映画館に来て何も決まっていないというのは、なんだか不安。何にしようかなと腕を組んでモニターと睨めっこしていると30分後くらいに恋愛映画っぽい題名のものがある。なんとなくそれにしようかなと心が傾いているところ、男が話しかけてきた。ねーねー、お姉さん、今、僕1時間後のこの映画のチケット余っているんだけど、一緒に見ない?なんていきなり。男は私と同じくらいの年齢、中背でスラリとした格好、額は髪で隠れていて、大きい金色のまるっこいメガネ、イケメンの部類に入るかもしれない目鼻立ち、まるであの子たちが好きそうな感じ。顔には優しげな笑みを貼り付けているけど、その目はある意味真剣そのもの、私と一夜をともすれば共にしたいという欲求。こんなやつの誘いに乗ると、バカなあいつらと同じねと、見たい映画がありますので、ごめんなさい、丁寧に頭を下げて、チケットカウンターに行って、係のお姉さんに、これください。チケットを買って振り返った時には彼はもういなくて、本当に私は男に誘われたのかしらと、つい数十秒前のことがあやふやになるけど、心臓はまだどきどきしている。
結局のところ映画はつまらなかった。少なくとも私にとって。
決まり切ったお約束の展開、予定調和、作者のご都合主義。学校に遅刻すると走っていたら、角から同じく走ってきた彼とごっつんこして恋に落ちていく、みたいな古典的な感じで、面白みもなんもないやつ。それでいて、エンドにはすすり泣く声が聞こえるのだから、やはり世の中にはバカが多い。
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