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第四章 転機
第七話 パーティの日
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そんなことがあってから、さらに二日がたった。
週末、つまりはパーティの日。
記憶がかすんじゃうくらい、穏やかな日々。
とてもじゃないけど、この屋敷に帰ってきたとは思えない。
結局、水瓶のことなんて、おばさまはまったく怒りもしなかった。
昔だったら、鞭でぶたれていたのに……。
気になるのは、たった一つのことだけ。
「手紙は……どうなってるんだろう?」
その希望なしに、私はもうあの屋敷に戻れる気がしない。
エルンストさんへの手紙は、国をまたぐ。
普通に考えたら、今ようやくエルンストさんへの手紙が届いて、返事を書いてくれているかどうかというところ。
もし本当に、エルンストさんがあのデューク・オブ・ラングウールなら、目を通すのにだって時間がかかるはず。
お義父様がそうだから、よく分かる。
忙しいときには、一日に何十通もどこからかやってくる手紙に目を通していらっしゃった。
だというのに……。
「もう……1年も経っているんだもの。目を通したところで、都合のいい女の子としか……」
どうしても、弱気になっちゃう。
部屋でテーブルに向かって、けれど何もしないでぼうっとしていると、おばさまが乗り込んできた。
「何をしてんだい、リナ。お前の妹がいたときのドレスを貸してやると言ったろう? 早く着替えるんだね」
「はい、申し訳ありません。おばさま」
今日ばかりは、さすがに侍女として家の仕事を手伝うことは許されなかった。
だから、実際どれくらいの人数をおばさまたちが集めているのか、私は知らない。
屋敷の中で一番大きな部屋、今回みたいに大勢の人が集まるためのホール。
そこに私が行くと、30人近い人が集まっていた。
3年以上屋敷を離れていたり、妹と違って社交パーティに行ったことがなかったり……。
集まっている人達の中に、知り合いは一人もいない。
そういう人達に婚約記念を祝ってもらうだなんて、とても変な感じ……。
だというのに……。
「リナ様! この度は、ご婚約おめでとうございます」
「初めまして。アマーティス家の長男コーリーニアスと申します。素敵なご結婚となりますように、ぜひ、お祈りさせてください」
なぜか多くの人が私に寄ってくる……。
そもそも、もう破棄されるって分かっている婚約。
予想はしていたけど、居づらかったし、辛かった。
逆に言えば、ただ……それだけ。
やっぱり、自分の感情が、どこか冷え込んで無感情になっている気がする。
「そんな。私にはもったいない言葉です。けれど、私なんかのためにお集まり頂いて、ありがとうございます」
失礼でない程度の社交辞令を返す……その程度なら、もう全然平気でできちゃうんだ。
(挨拶だけ済ませて、早くここをでましょう……)
そう、思っていたのに……。
なぜか、よってたかって話しかけてくる。
私に媚びを売ったところで、何にもならないことくらい分かると思うけど……。
理由は、すぐに分かった。
「ところで……妹のアンナさんは……?」
結局、妹。
ただ……なんか、安心する。
その名前を聞いて、私は、ちゃんとイライラすることができる。
もちろん、実際はイライラなんて感情ではすまないけど……。
「もう向こうでいい人がいるみたいなので、もしかしたら、すぐにまたこうやってお集まり頂くことになるかもしれません」
えっ……?
とばかりに、相手の男の人が固まる。
妹にそういう相手がいることなんて、いつものことなのに。いないことの方がありえないことなのに。
ただ……今は、ヨゼフ。
いっそのこと、ヨゼフだって捨てられちゃえばいいのに……。
そしたら私に泣きすがってくるかもしれないのに……。
「妹は、姉の私が言うのも何ですけれど、男の方に人気がありますから」
結局、私はこんな感じの断り文句を言っている時間の方がずっと長かった。
「あら。そうなんですか? 若い女の子が、コーリーニアスさんのような方を放っておくとは、思いませんけれど?」
「いえいえ、決してそんなことは。いくら見た目が可愛らしくとも、ローラさんのような貴婦人はなかなかいないんですよ」
おばさまは、もういい年だろうに……やっぱり男の人と……普段、侍女に接するのとはまるで違う様子で、談笑を楽しんでいた。
私がホールを出て、一人になるのは簡単だった。
そして、もしかしたら、その機会を待っていたのかもしれない……。
週末、つまりはパーティの日。
記憶がかすんじゃうくらい、穏やかな日々。
とてもじゃないけど、この屋敷に帰ってきたとは思えない。
結局、水瓶のことなんて、おばさまはまったく怒りもしなかった。
昔だったら、鞭でぶたれていたのに……。
気になるのは、たった一つのことだけ。
「手紙は……どうなってるんだろう?」
その希望なしに、私はもうあの屋敷に戻れる気がしない。
エルンストさんへの手紙は、国をまたぐ。
普通に考えたら、今ようやくエルンストさんへの手紙が届いて、返事を書いてくれているかどうかというところ。
もし本当に、エルンストさんがあのデューク・オブ・ラングウールなら、目を通すのにだって時間がかかるはず。
お義父様がそうだから、よく分かる。
忙しいときには、一日に何十通もどこからかやってくる手紙に目を通していらっしゃった。
だというのに……。
「もう……1年も経っているんだもの。目を通したところで、都合のいい女の子としか……」
どうしても、弱気になっちゃう。
部屋でテーブルに向かって、けれど何もしないでぼうっとしていると、おばさまが乗り込んできた。
「何をしてんだい、リナ。お前の妹がいたときのドレスを貸してやると言ったろう? 早く着替えるんだね」
「はい、申し訳ありません。おばさま」
今日ばかりは、さすがに侍女として家の仕事を手伝うことは許されなかった。
だから、実際どれくらいの人数をおばさまたちが集めているのか、私は知らない。
屋敷の中で一番大きな部屋、今回みたいに大勢の人が集まるためのホール。
そこに私が行くと、30人近い人が集まっていた。
3年以上屋敷を離れていたり、妹と違って社交パーティに行ったことがなかったり……。
集まっている人達の中に、知り合いは一人もいない。
そういう人達に婚約記念を祝ってもらうだなんて、とても変な感じ……。
だというのに……。
「リナ様! この度は、ご婚約おめでとうございます」
「初めまして。アマーティス家の長男コーリーニアスと申します。素敵なご結婚となりますように、ぜひ、お祈りさせてください」
なぜか多くの人が私に寄ってくる……。
そもそも、もう破棄されるって分かっている婚約。
予想はしていたけど、居づらかったし、辛かった。
逆に言えば、ただ……それだけ。
やっぱり、自分の感情が、どこか冷え込んで無感情になっている気がする。
「そんな。私にはもったいない言葉です。けれど、私なんかのためにお集まり頂いて、ありがとうございます」
失礼でない程度の社交辞令を返す……その程度なら、もう全然平気でできちゃうんだ。
(挨拶だけ済ませて、早くここをでましょう……)
そう、思っていたのに……。
なぜか、よってたかって話しかけてくる。
私に媚びを売ったところで、何にもならないことくらい分かると思うけど……。
理由は、すぐに分かった。
「ところで……妹のアンナさんは……?」
結局、妹。
ただ……なんか、安心する。
その名前を聞いて、私は、ちゃんとイライラすることができる。
もちろん、実際はイライラなんて感情ではすまないけど……。
「もう向こうでいい人がいるみたいなので、もしかしたら、すぐにまたこうやってお集まり頂くことになるかもしれません」
えっ……?
とばかりに、相手の男の人が固まる。
妹にそういう相手がいることなんて、いつものことなのに。いないことの方がありえないことなのに。
ただ……今は、ヨゼフ。
いっそのこと、ヨゼフだって捨てられちゃえばいいのに……。
そしたら私に泣きすがってくるかもしれないのに……。
「妹は、姉の私が言うのも何ですけれど、男の方に人気がありますから」
結局、私はこんな感じの断り文句を言っている時間の方がずっと長かった。
「あら。そうなんですか? 若い女の子が、コーリーニアスさんのような方を放っておくとは、思いませんけれど?」
「いえいえ、決してそんなことは。いくら見た目が可愛らしくとも、ローラさんのような貴婦人はなかなかいないんですよ」
おばさまは、もういい年だろうに……やっぱり男の人と……普段、侍女に接するのとはまるで違う様子で、談笑を楽しんでいた。
私がホールを出て、一人になるのは簡単だった。
そして、もしかしたら、その機会を待っていたのかもしれない……。
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