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混血系大公編:第一部

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 傭兵団に帰ってくると安堵感が込み上げて来る。どんなに大変な任務の後でも、ここに辿り着くと「終わったなぁ」と一息つけるんだよね。この瞬間が、昔から好きだった。
 任務に同行してくれた隊員をねぎらって解散させる。でも私は今回の任務の隊長だから、仕事はまだある。隊長か副隊長が行う口頭での報告は、団長か副団長がすることになってるんだけど、今日はどうしようかな…なんて思いながら事務室に入ると、なんとビョルンがいた。皇城での仕事が終わって、てっきり家に帰ってるかと思ったんだけど…私の執務机で窮屈そうに座って、書類仕事をしている。
「ビョルン!こっちに来てたんだ!」
「お前が不在だったからな、副団長の仕事に駆り出されてたんだ」
「あらら…皇城での仕事が終わってすぐ?お疲れ様ー」
「だがお前の顔を見たら、疲れが吹き飛んだよ」
 ギュッとハグをして、お互いの頬にキスをする。あぁ、この大きな体で包み込まれると、癒されるわー。
「ふふ、私も。じゃあ副団長さま、このまま報告してもいい?」
「もちろんだとも、隊長殿」
 気取って返事をするビョルンに笑い、録音装置をセットして報告を行う。後でその録音を元に、事務員に報告書を起こしてもらうのだ。隊員から提出する報告書は、アンリに頼んだ。今日は休んでもらい、数日以内に提出してもらうことになっている。
「ロルフはまだ帰ってない?」
「ああ」
「やだ、魔獣狩ってくるって言ってたけど、どこまで行っちゃったのかしら?」
 帰りながらだから、せいぜい帝都周辺の森で狩りをしにいったんだと思ってたんだけどな。
「まぁ、ロルフの事だ。よっぽど大丈夫だと思うが」
「そうよね。森に出る魔獣が変わったっていっても、A級が出るとは思えないし…」
 そんな話をしていると部屋の外が騒がしくなり、ドカンと乱暴な音とともにドアが開かれた。
「おう、帰ったぞ」
 疲れを滲ませた声でそう言い放ったのは、今まさに噂をしていたロルフだ。彼の姿を見て、私は息を飲む。どこからか小さく悲鳴が上がる。
 彼の姿は…頭から足まで、血に染まっていたのだ。
「ロルフ、どうしたの…?!」
「別にどうもしねぇよ」
「返り血か。避け切れなかったとは珍しいな」
「チッ、うるせー」
 ロルフは舌打ちしつつ髪をかきあげる。ビョルンがそういうんなら、きっと返り血なんだ。私は事務の子にお湯を準備するようにお願いして、常備してあるさらしを取ってロルフの元に駆け寄った。
「怪我はしてない?」
 さらしで血を拭っていると、ロルフはフンと鼻を鳴らした。
「ちぃとヘマったけどな、大したことねぇよ」
 そう言って右腕をついと上げ、皮の服が裂かれて肌が露わになっている所を見せる。布で巻いて応急処置はされており、血は止まっている様子だ。
「ドクター呼ぶ?縫った方がいい感じ?」
「イスハークは」
「ちょっと用事があって…でもそのうちこっちに来るよ」
「じゃあ、イスハークでいい。傷口は洗ったし、止血もした。縫うぐれぇできんだろ」
「イスは魔術医じゃないんだよ。そもそも道具がなきゃできないでしょ?もう…」
 まぁイスならできると思うけど…。ロルフ、治療だとしても他人に触られるの嫌いだもんね。とりあえず、待機中の隊員を走らせて医者を呼んできてもらう。軽口叩けるくらい元気だから、大丈夫そうでホッとした。
「とりあえず、他に怪我はないんだね?」
「ねぇよ」
「それならよかった。じゃあ、お湯が準備できたら体洗ってね。見た目ひどいよ」
「洗ってくれんの?」
「何でよ、自分で洗ってよ」
「あー、腕が痛くて洗えねぇなぁ」
「さっき大したことないって言ったでしょ!着替えは準備しといてあげるから!」
 すっかり緊張感がなくなり、いつものように言い争いをする私たちに、ビョルンがポツンと呟く。
「しかし…お前がそんなヘマをするなんてな。何と戦ったんだ?」
 ロルフはまた舌打ちをして、不機嫌そうな声で答えた。
「モルサスだよ」
「え?」
「帝都周辺の森ン中で、A級魔獣が出たんだ」
 その場にいる全員が、息を飲んで黙り込む。
 モルサスは、トカゲに近い形態のドラゴン型魔獣だ。人の2~3倍くらいある体躯を持ち、鋭い爪や牙、太い尻尾を使って多彩な攻撃をしてくる上に、強靭な鱗で防御面にも優れる凶悪な魔獣だ。帝都周辺の森にはこれまで、A級魔獣が確認されたことはなかった。確認されたことがあるのはB級まで。それもかなり森の奥深くまで行った場合だ。
 確かに以前ロルフと一緒に魔獣狩りに行ったときに、それほど奥深くに行ってないのにB級と遭遇した。その他にも今までと魔獣の出現場所が変わったと報告がいくつもあったようで、騎士団と協力してウチの傭兵隊も何度か調査を行っている。
 その際にもA級が出たなんて話はなかった。でも確かに、ロルフが怪我をするほど苦戦するなんて、A級魔獣じゃなきゃあり得ない。
「1体だけか?」
 ビョルンの問いに、ロルフが頷く。
「俺が遭遇したのはな。その1体は仕留めた」
「そうか。ならまずはいいが…」
 ビョルンがそう言ったのは、モルサスが基本的に群れを成す魔獣だからだ。群れに遭遇していたら、さすがのロルフも単騎では討伐できなかっただろう。それにロルフが遭遇したのがたまたま群れからはぐれた個体ならいいけれど、もし違っていたら…。あの森に、モルサスがまだ何体もいることになる。それは考えただけでも、ゾッとする。
「いったい…何が起きてるの…?」
 心の内に湧いた不安を、思わず口に出してしまう。
 だけどその問いに、答えてくれる声はなかった。

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