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混血系大公編:第一部

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「先ほど誓約を編んだ際、なじみのない魔術式を感じた。干渉はしなかったから、そのまま誓約を編んだが…。私は詳しくはないが、他の塔で様々な地域の魔術系統を研究している者が数名いる。彼女らが発表した論文に載っていた…東諸島に伝わる魔術に似ている、と思う」
「東諸島…」
 イスの言葉に、ダービー伯が反応する。
「アマニータが嫁いだブリック伯家は、確か血族に東諸島出身の者がいたかと…」
「じゃあ、ブリック伯かその親族が、レディに何かしたってこと…?」
「………」
 イスが難しい顔をして、彼女をじっと見つめる。その呪術?を読み解こうとしているようだ。その様子を固唾を飲んで見守っていると、イスが頷いた。
「私たちの誓約に似ているが、それより数段凶悪だ。心臓近くに、魔力で練られた針のようなものが見える。言葉か行動か…指定された何らかの言動を引き金にしてその針が彼女の心臓に突き刺さり、彼女を殺すのだと思う」
「神よ…!」
 ダービー伯が悲鳴に似た声を上げ、レディの体を抱く。レディは青ざめたまま、父親に身を寄せる。
「塔長殿、なんとか、なんとかできないのですか?!」
「力づくで解くことは、できると思う。レディに何かしらの影響が出る可能性があるが」
 影響出ちゃうの?!
「そっ、それはやめていただきたい…!」
 ダービー伯が間髪入れずに叫ぶ。そりゃそうよね。娘が得体のしれない術を掛けられた上、何かもわからない影響が出ちゃうかもしれないなんて許容できんわ。
「イス、他の方法はないの?」
「私は専門外だ。これ以上は読み解けない」
「さっき言った、他国の魔術系統を研究している人に見てもらうことは?」
「彼女はあちこちに出向くことが多いからな…不在かもしれないが、聞いてみよう。ウォリック伯、通信具を借りたい」
「通信室へ案内します」
 ハリーさんが執事さんに伝え、イスは案内されて部屋を出て行った。私は再びレディに向き直り、彼女に話しかける。
「…いままで、怖かったでしょう」
「……」
「ひとりで、よくがんばったね」
 様子を見ながら、そっと手に触れる。拒否されなかったので、震える彼女の手を、包み込むように握る。
「イスたちサークルの魔術師は、とても頼りになる人たちだよ。私も、ひどい魔法陣を編み込まれていたんだけど…イスが解析して、なんとかしてくれたの。彼らならきっと、貴女のその恐ろしいものもなんとかしてくれる」
 彼女の手が震えている。その手をそっとさする。彼女は唇を震わせながら、弱弱しい声を出す。
「どうして…」
「ん?」
「私、ゆ、誘惑、したのに…」
 …ロルフの事だよね。そりゃあ腹は立ったけど、私の夫…じゃない婚約者たちはとても魅力的だし。そんな男性を複婚で独り占めしようとしてるんだから、嫉妬や誘惑は仕方がないかな、と思っている。もちろん、やられて気持ちいいものではないけどね。
 でもさ。
「きっと、何か事情があったのではない?」
「……」
「だから、そのことは今は置いときましょう。まずは貴女を苦しめるものを何とかしなきゃ」
 ポロポロと、彼女の目から涙が零れ落ちる。
「わ、私、ずっと…」
「うん」
「怖くて、く、苦しくて。自分でも、どうしたら…いいか…」
「うん。大変だったね。貴女はよく頑張ったよ」
「う、うぅ……」
 彼女の目が、ようやく私を見る。ギュッと縋りつくように、私の手を握り返して。
「……助けて……」
「うん、助ける」
 穏やかに、でもハッキリとそう告げて。私は彼女が落ち着くまで、その手をさすり続けた。




 それからしばらくして、イスが戻ってきた。表情から状況は読み取れないけど、眉間に皺が寄っていないから上手くいきそうな感じかな?
「朗報だ」
 ビンゴ。私もだいぶイスの表情…雰囲気?から察することができるようになった気がする。
「研究の第一人者は他地域へ出てしまっているそうだが、彼女の弟子で東諸島の魔術を研究している者がちょうど帝国に向かっているのだそうだ」
 なんという偶然!
「じゃあ、レディはこのまま帝国に向かうことにしませんか?私たちと一緒に行けば護衛は不要ですし」
「ああ、そうしてもらえるとありがたい…。我が家の騎士もつけて構わないか?」
「もちろん。レディもその方が安心できるでしょう」
 ダービー伯とそう話すものの、当の本人はここにはいない。涙も止まって先ほどより落ち着いたものの、かなり顔色が悪かったので別室で休むことになったのだ。先ほどの女性騎士たちにエスコートされ、イスが戻ってくる前に部屋を出て行った。だから遠慮なく、話ができる。
『彼女の身の安全をどうやって確保するか』ということを。
 ショックを受けてはいけないと誰もが口にしなかったが、レディは間違いなく命を狙われるだろう。あのローブを渡し、呪術を施した『誰か』が彼女を放っておくとは思えない。
「イス、ちなみに彼女に施された呪術ってキーワードがなければ絶対発動しない?外部からこう、強制的に発動させられるようなことはないのかな」
「…なかなか凶悪なことを考えるな…」
 イスが呆れたような声を発する。ダービー伯の顔が青ざめている。えっ、そんなひどいこと言った?
「私ではあの魔術言語を読み解けないから、なんとも言えないが…レディは魔力が少ないから、そこまで複雑な魔術を編み込むのは難しいだろう。誓約にしろ呪術にしろ、編み込んだあとは本人の魔力を使うからな」
「ああ、なるほど」
 制約も複雑になればなるほど、大量の魔力を使用することになる。本人の魔力が少なければ、魔力が足りずにそもそも発動できなくなっちゃうもんね。
 ダービー伯がホッと胸を撫でおろしているのが目に入る。余計な心労を掛けさせてしまってすみません…。
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